賢明なる投資家【財務諸表編】 目次


訳者まえがき
序文   マイケル・F・プライス
まえがき   ベンジャミン・グレアム/スペンサー・B・メレディス

第1部 バランスシートと損益計算書
第1章 バランスシート
第2章 借方と貸方
第3章 総資産と総負債
第4章 資本金と剰余金
第5章 有形固定資産勘定
第6章 減価/減耗償却
第7章 長期投資
第8章 無形資産
第9章 前払費用
第10章 繰延費用
第11章 流動資産
第12章 流動負債
第13章 運転資本
第14章 流動比率
第15章 棚卸資産
第16章 売掛(受取)債権
第17章 現金
第18章 短期借入金
第19章 準備金
第20章 簿価または純粋価格
第21章 簿価の計算
第22章 債券と株式の簿価
第23章 その他の項目の簿価
第24章 清算価値と正味流動資産価値
第25章 収益力
第26章 代表的な公益事業会社の損益計算書
第27章 代表的な製造会社の損益計算書
第28章 代表的な鉄道会社の損益計算書
第29章 収益率の計算
第30章 維持費と減価償却費
第31章 支払利息と優先配当の安全度
第32章 トレンド
第33章 普通株の株価と価値
第34章 最後に

第2部 さまざまなレシオによるバランスシートと損益計算書の分析

第3部 財務用語の解説


訳者まえがき

 本書には、投資家の皆さまが財務諸表の数字を賢明に読み取れるようになってほし いというグレアム(グラハム)の願いが込められている。決算期の新聞に添えられているあの分厚 い会社の成績表から、キラリと光るバリュー株を見つけることも不可能ではないから だ。
 ネットバブルの崩壊に続き、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易セン タービルを襲った衝撃的なテロ事件の影響で、日本をはじめ世界の株式市場は底なし のドロ沼に陥ったかのようである。こうした総悲観の相場の下で、グレアムのいう株 式の「本質的価値」と「バリュー投資」というものをじっくり考えることはけっして ムダではないだろう。
 グレアムは言う。「株式投資の成否は未来にならないと分からないし、われわれ人 間が未来を正確に予測することはできない。しかし、その会社の現在の財政状態と過 去の業績について正確な情報を得ることができれば、その会社の将来の可能性を判断 することは可能である」
 株式投資で利益を得るには、一にも二にも売買技術の向上であろう。しかしそれに 加えて、グレアムのいうこうした証券分析の価値にも目を向けるならば、株式投資の 魅力はいっそう増すだろう。グレアムも言っているではないか。「(株式市場が)エ キサイティングなことだけは、長年投資に携わってきた私が100%保証する」 (『賢明なる投資家』パンローリング刊)。
 株式市場の実践家にとって、本書が投資の楽しみと利益の両方を得るための手掛か りとなれば幸いである。
 なお、本書に資料として掲載されているアメリカの会社の財務諸表を読む場合には 若干の注意が必要であろう。それらの財務諸表は日本の会社の場合ほど整然とは統一 されておらず、記載項目の種類や順序などは会社によってまちまちである。またアメ リカの財務諸表の大きな特徴は、前年度との比較形式が重視されていることである。

 掲載企業や数字の古さにはあまりこだわらず、その根底に流れているグレアムの思 想をくみ取ってほしい。巻末の「財務用語」は、グレアムの最高傑作である『証券分 析』(パンローリングから近刊予定)や『賢明なる投資家』を読む際に役立つだろ う。半世紀以上にもわたってアメリカの投資家の間で読み継がれているこれらの古典 から得るものは必ずや大である。
 本書の翻訳の機会を与えてくださった後藤康徳氏(パンローリング社)、編集・校 正の労をとっていただいた阿部達郎氏(FGI)、ステキな装丁で本書を仕上げてく ださった江畑雅子氏には心よりお礼申し上げます。
 2001年9月
                    関本博英


序文


 ミューチュアル・シェアーズ・ファンドのファンド・マネジャーとして投資活動を 始めた直後の1975年の春、同僚のマックス・ハイネが私にF&Mシェーファー・ ブルーイング社というある小さなビール会社の財務数字に注目するように言った。私 は同社のバランスシート(貸借対照表)の借方/貸方の項目に、「無形資産」400 0万ドル、正味資産4000万ドルと記載されていたのをいまだに忘れることはでき ない。私はマックスに言った。

 「シェーファー社の株は安いね。今の株価は正味資産をはるかに下回っているじゃ ないか。……これはまさに典型的なバリュー株だね」。マックスは続けて言った。 「もっとよく見ろよ」

 私は財務諸表とその注記を読んだが、そこにはその無形資産の出所は明らかにされ ていなかった。そこで私はシェーファー社の財務担当者に電話をかけて尋ねた。  「貴社のバランスシートを拝見しているのですが、無形資産のこの4000万ドル はどこから出てきたのでしょうか」
 その財務担当者の返答はこうだった。
 「私たちのコマーシャルソングをご存じないのですか。あなた方はいろいろなビー ルを飲まれるかもしれませんが、当社はひとつのビールしか製造していないのです よ」
 無形資産について詳しく分析するのは初めてのことだった。もちろん、シェーフ ァー社のその無形資産はかなり水増しされた数字だとは思われるが、それでもその帳 簿価格を上回っているのは確かであろうし、また1975年の予想収益も上方修正さ れるようだった。そうでなければ、シェーファー社の株価が高値を維持していること はなかったであろう。しかし、われわれは同社の株を買わなかった。
 現在、どれくらいの企業のコマーシャルソングがバランスシートに反映されている のだろうか。数十万社くらいだろうか。それとも、状況は変わりつつあるのだろう か。コカ・コーラ、フィリップ・モリス、ジレットのような有名企業が世界全域で所 有しながら、バランスシートにも記載されない膨大な「無形資産」はどれくらいに上 るのだろうか。

 ベンジャミン・グレアムとスペンサー・メレディスの共著による、1937年版の 復刻である本書は、本当にタイムリーな出版である。われわれの会計慣行が次第に時 代に合わなくなる一方で、常に進化し続ける企業のニーズを満たすように求められて いる現在、(ビジネスパーソンから学校の教師を含む)すべての平均的な投資家が企 業の財務諸表を基本的に分析できる能力を持つことはこれまでにもまして重要になっ ている。
 20年来の大きな企業合併のうねりが続く1998年には、ほとんどの大手有名企 業が1社かそれ以上の企業を買収している。その結果、これら結合企業の財務諸表の 把握はますます難しくなっている。現在、財務会計基準審議会は被買収企業の資産の 会計方式のひとつである持ち分プーリング方式の撤廃を検討しており、これが現実と なれば一般にバランスシートに計上されるのれん代は増加するだろう。持ち分プーリ ング方式では合併・買収によって結合する企業の帳簿価格を結合後もそのまま持ち越 すためにのれん代の問題は起きない。また、持ち分プーリング方式では自社株の買い 戻しを制限している。
 一方、(合併・買収による企業結合のもうひとつの資産・負債の会計方式である) パーチェス方式では自社株の買い戻しが認められているほか、被買収企業ののれん代 はバランスシートに計上され、40年を超えない期間にわたって償却される。このよ うに被買収企業から引き継いだのれん代がバランスシートに計上されることになれ ば、企業買収のうまみは少なくなり、買収対象企業の評価価値も下がるだろう。

 1996年のウェルズ・ファーゴ銀行とファースト・インターステートの合併は パーチェス方式に基づいて行われたが、最近合併したチェース・マンハッタン銀行と ケミカル銀行は持ち分プーリング方式を使っている。これらの合併をはじめ、その他 さまざまな企業合併のケースを検討する場合には、会計方式は一貫性のあるものを ベースとすべきであろう。例えば、ウェルズ・ファーゴ銀行はのれん代償却費として 1年間にほぼ3億ドルを計上したあとでもキャッシュフローを使って自社株の買い戻 しを行い、のれん代償却後の1株当たり収益だけでなく「現金収益」も公表してい る。このためミューチュアル・シェアーズ・ファンドとしては売買回数が多く、また 多くののれん代が生み出されるこれらの業界については、のれん代償却後の収益より も「現金収益」を重視するようになった。
 現在のハイペースな株式市場で勝利を収めるには、投資家自らがこうした会計上の 問題点や企業行動の変化を正確に読み取ることがカギとなる。投資家が常に企業の財 務諸表に目を向けるというベンジャミン・グレアムの原則に従うならば、それほど大 きな誤りを犯さずに複利で増え続ける利益を手にすることができるだろう。
 あなた方がベンジャミン・グレアムの門下生であるかどうかを問わず、またバリ ュー投資家、成長株投資家またはモメンタム投資家のいずれであるかを問わず、株価 はその会社の財務力を反映しているという事実に異論はないだろう。しかし、投資家 の多くはあまりにも株価のファンダメンタルな価値を決める資産の簿価、キャッシュ フローおよび利息など、その会社のさまざまな財務状態の基本的な数字をないがしろ にしている。
 特に熱狂と恐怖が渦巻く株価の乱高下の時期には、成功を手にすることができるこ うした基本的な投資法に目を向ける投資家はほとんどいない。投資家がこうした基本 的な財務データの読み方をきちんと理解すれば、常に正しい方向に目が向いて大きな 過ちが避けられるうえ、ウォール街に隠されたさまざまなバリュー株を見つけること もできるだろう。

 現在の企業の活動はこれまでにも増して急速にグローバル化している。全世界で販 売されるそれらの製品は、数十年にわたる研究開発の努力と膨大な販売促進費が生み 出したものであるが、それらの企業のバランスシートでは無形資産について一切触れ られていない。それらはすでに株価に反映されているというのがその理由である。  しかし、株式市場ではそれらのブランドにいくらの値段をつけているのだろうか。 そして、その値段はそれらの有名なブランド商品が生み出すキャッシュフローを正し く反映しているのだろうか。
 グローバルな企業はそのブランドの波及効果をうまく利用している。航空会社はコ ンピューターを使って適正な座席利用率をはじき出している。また、経営情報システ ム(MIS)を利用すれば、これまで以上にその保有資産から大きな収益を上げるこ とができるようになった。企業が直接および合弁事業を通じてその活動をグローバル 化させるにつれて、そのブランドの本当の価値が作られていく。このため、財務諸表 を利用する投資家は、株式市場がその「製品」と「ブランド」という無形資産にいく らの値段をつけるのかを見抜くことができるだろう。

 本書『賢明なる投資家【財務諸表編】』の初版本は、ベンジャミン・グレアムが書 いた株式のバイブルともいわれる『証券分析』が出版された直後の1937年に出版 された。その時期、株式市場を離れる投資家は後を絶たなかった。現在ではその当時 とまったくく逆のことが起こっているが、それでも投資家が自分の保有株の会社の財 務諸表を正しく理解することの大切さに変わりはない。この手引書ではバランスシー ト(企業の資産・負債のデータ)と損益計算書(売上高や利益などのデータ)の両方 を扱っている。このほか、さまざまな財務資料や各種比率の有益な解説、それに頻出 する用語の簡潔な解説も掲載されている。
 この手引書を手元に置けば、企業のさまざまな収益報告書やアニュアル・レポート (年次報告書)、各種費用や準備金に関する企業ニュース、収益の修正発表などもこ れまで以上に正確に読み取れるだろう。私もそうであったように、相場の初心者から ベテラン投資家にいたるすべての投資家は、この手引書を存分に活用すれば大きな利 益を手にすることができるだろう。ベンジャミンの言葉を借りれば、結局のところあ なた方投資家は香水ではなく、食料品を選ぶのと同じ感覚で株を買うべきなのだ。あ なた方がステーキやそこからしたたる肉汁の音にいくらの値段を払おうとも、こうし た企業のファンダメンタルズをしっかりと押さえておきさえすれば、大きく道を踏み 外すことはないだろう。

 この『賢明なる投資家【財務諸表編】』を常に手元に置いて活用していけば、けっ して大火傷をしないことは請け合いである。


 投資家の皆さまが相場から大きな実りを得られますように
              マイケル・F・プライス



まえがき

 本書の目的は、投資家の皆さまが財務諸表の数字を賢明に読み取ることができるよ うにすることにある。財務諸表には企業の財務状態と経営結果のそのままの全体像が 濃縮された形で示されている。企業とその発行証券に関係を持つ者はだれでも、バラ ンスシートや損益計算書を読む機会があるだろう。すべてのビジネスパーソンや投資 家には、それらの企業の財務報告書を理解することが求められている。
 また特に証券セールスマンにとっても、それらの報告書を分析する能力は欠くこと ができないはずだ。それらの報告書に盛り込まれた数字がどのような意味を持つのか を理解することができれば、あなた方はすぐれた経営の企業を判断できるしっかりと した基礎力を身につけたことになる。

 本書では、一般的なバランスシートと損益計算書に盛り込まれる項目に焦点を当て た。最初に特定の用語や表現の意味を明らかにしたあと、全体的な文脈のなかでそれ らの意味について簡潔な解説を加えた。そして、その会社の財務データがこの手引書 を利用する投資家にとって有利かどうかを判断できるように、簡単な基準やモノサシ を示しておいた。こうした資料の多くは初歩的に見えるかもしれないが、実際のとこ ろ財務諸表の分析はそれほど難しいものではない。それでも財務諸表の分析にはそれ なりの特殊性や落とし穴が付きものであり、それに対する準備と理解力は不可欠であ る。
 もちろん、その株式投資が結果的に成功だったかどうかは未来にならないと分から ないものであり、そうした未来を正確に予測することは不可能である。しかし、もし 投資家の皆さまがその企業の現在の財務状態と過去の業績について正確な情報を得る ことができれば、その企業の将来の可能性を判断するうえで万全の備えができたとい えるだろう。それこそが、証券分析の本来の役割と価値なのである。  本書はニューヨーク証券取引所協会主催の証券分析コースで使用された。本書は単 独の初歩的資料として、またはさらに詳細な証券分析の手引書としても利用できるよ うに意図されている。ニューヨーク証券取引所の証券分析コースにおいて、本書はベ ンジャミン・グレアムとデビッド・L・ドットの共著によるさらに高度なテキストで ある『証券分析』の入門書として使用された。

 1937年5月2日 ニューヨーク市
            ベンジャミン・グレアム
            スペンサー・B・メレディス


 Topへ