ブロイラー先物市場上場に関する研究

農林水産省畜産試験場
賀来 康一

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
興味のある方は、以下までご連絡ください。
独立行政法人 農業技術研究機構
畜産草地研究所 畜産環境部 畜産環境システム研究室
主任研究官 農学博士
賀来 康一
tel/fax 0298-38-8669(職場直通)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

要 約

(1)ブロイラー産業構造の日米比較

(1-1)産業発展過程

  日本のブロイラー産業は,1953年に藤田観光が箱根で2万羽収容のブロイラー工場を建設したことから始まり,1960年代の導入期,70年代の成長期,80年代の成熟期を経て,2000年を目前に,1999年の今は衰退期に入ろうとしている。その国内生体出荷量は88年の187万トンをピークとして,96年には161万トンに減少した。
 アメリカでは1920年代に,デラウエア州,ニューハンプシャー州等東部海岸地方の起業家精神の旺盛な養鶏業者によってブロイラー産業のインテグレーションが開始され,今やジョージア州,アーカンソー州,テキサス州等南部の内陸部にまで拡大し,なお発展を続けている。85年853万トンから,95年1,552万トンへと最近10年間で2倍近い生産の伸びを示している。

(1-2)生産構造

 日本では,インテグレーターの直営農場方式も一部あるが,養鶏農家が生産したブロイラーをインテグレーターが一定の価格または賃料を支払って購入または引き取る契約生産が一般化し,アメリカ型に似通ってきた。96年に生産者戸数4,118戸で,約6億羽の出荷をしたが,その内最大の年間出荷羽数規模10〜20万羽でその生産者戸数は1,357戸,羽数1億9,464羽となっている。年間50万羽以上以上を出荷する生産者も120戸あり,1億4,469羽となっている。農林漁業金融公庫の平成7年度の経営調査によると,利益率や出荷百羽あたり所得では,3〜5万羽が最も高く,それ以上では規模の経済が働かないという。ブロイラーは通常,年間5回生産して20万羽前後が平均的な生産規模である。月間処理羽数30万羽以上のブロイラー会社は,全国に51社あって(1996年),競争が激しい。
 アメリカでは,ブロイラー処理場を中心とする大規模なインテグレーターが,自社で種鶏場,ふ化場や飼料工場を所有して,ブロイラー生産者とは委託飼育契約を締結し生産契約賃料を生産者に支払う。タイソン社を首位とするブロイラー会社上位4社の市場シェアは45%である。
 ブロイラー生体重量当たりのコスト構成比を見ると,97年,日本は1kgあたり158円の内,飼料代52%,初生ヒナ代6%,人件費5%の順となっている。ヒナ代が大きなシェアを占めているのは,種鶏の飼料代及び種鶏孵卵業の労務・人件費が高いためである。  アメリカでは96年,生体1ポンド当たり生産コスト32セントの内,飼料代66%,契約賃料14%で,初生ヒナ代は1.2%に過ぎない。

 なお,生体1ポンド当たり32セントを1kgあたりに換算すると,約70セント,1ドル125円の換算で88円程度となり,日本のブロイラー生産費(1kg当たり158円)の約56%となっている。

(1-3)貿易構造

 日本は,86年に輸入鶏肉のシェアが13%と10%台に乗り,円高と関税率引き下げが影響して,96年には55万トンを輸入し,そのシェアが37%となった。輸出国は,中国,アメリカ,ブラジル,タイの順となっている。1997年度の関税率は,骨付もも肉9.3%,その他12%である。
 アメリカは,ブロイラーの輸出国であり,95年に177万トンを輸出し,国内生産に占めるシェアは16%となった。21世紀初めには20%に乗ると予想されている。主要輸出先は,ロシア,ホンコン,日本,メキシコ,カナダ等である。

(1-4)消費構造  日本の鶏肉の仕向け先別消費構成比を見ると,食品サービス業の食材としての業務用の59%が最大で,家庭用30%,加工用11%と続いている。
 アメリカでは,家庭内調理材料としての食料品小売業経由が43%と最も高く,食品サービス業の食材としての業務用30%,輸出16%,ペットフード・レンダリング11%となっている。
 日本では,91年の牛肉輸入自由化で輸入が増大して牛肉相場の下落の結果,牛肉の消費量が増大傾向にあったが,96年の狂牛病やO-157による集団食中毒事件並びに消費税の引き上げ等の影響で消費意欲が低迷した。また,健康指向から高齢者の動物タンパク質の魚肉への回帰も一部見られる。日本の食肉市場は成熟段階に入っているとの判断から,今後は量より質とか安全な食肉へのニーズの傾斜,価格面ではディスカウント指向と品質に応じた値頃感のある価格評価の二極化が予想される。94年度の輸入も含めた年間一人当たり食肉供給量は,牛肉8.0kg,豚肉11.5kgに対してブロイラー10.5kgである。
 アメリカでも,健康指向から赤身肉から白身肉への切り替えが進み,95年の年間一人当たり消費量は牛肉67.5ポンド,豚肉52.5ポンドに対してブロイラーは68.8ポンドで最も多い。その他アメリカでは,七面鳥の17.9ポンドが加わる。
 日本ではもも肉への選好指向が強く,アメリカではむね肉を好む傾向がある。  

(2)ブロイラー新規上場のための検討課題

(2-1)価格変動リスク回避の必要性(経済目的性)

 チキンサイクルと季節変動との関係を見よう。ブロイラーの生産期間は,ふ化のための孵卵期間21日及び育成期間55日との合計76日となる。(種鶏の育成期間150日を含めると約226日となる)。
 鶏肉の需要は夏低冬高であり,価格もそれに応じて変動している。特に,もも肉指向の強いわが国では,6〜8月に最も安値,12月と1月に最も高値となる傾向がある。もも肉の年間価格変動率は,7.78%である。もも肉の東京・日経加重平均値を97年でみると,kg当たり1月が680円で最高値,8月が450円で最安値となっており,その価格差は230円である。むね肉の季節変動は,もも肉より緩やかである。
 ブロイラーでは,生産者に一定の価格または賃料を保証しており,また,生産者,飼料会社,処理場,荷受会社等が相場低落時に生産者に価格補填を行う制度として共済基金を設けて,価格変動リスクの分散を図る場合もある。インテグレーターは,生産者の価格変動リスクも含めて負担していることになる。生産者は価格リスクを追わなくて済むが,生産管理の如何でペナルティを受けることはある。荷受業者と小売業者との間には,日経相場を基準とした期間契約価格を締結する場合が多いが,それだけにかえって価格変動リスクや売れ残り等の販売上のリスクも大きい。ブロイラー輸入業者は,価格変動リスクと為替変動リスクを負っている。
 ブロイラー業界にとって価格変動リスクの回避手段が存在すれば,企業経営の安定に寄与するところが大きいと思われる。

(2-2)公正な価格形成機能(公共目的性)
 ブロイラー産業の市場規模を見ると,日本の1996年の卸売段階のブロイラー製品の売上高は3,827億円である。ブロイラー製品のうち,最も生産量の多いもも肉は,2,001億円であり,むね肉が727億円となっており,と体の卸売額は,240億円に過ぎない。なお,アメリカの卸売段階の市場規模は47社のブロイラー会社の販売額総額で見て,250億ドル(約3兆円)と推計される。
 ブロイラーが持つサイクルの短期性,生鮮品の鮮度保持期間が短い等の製品特性並びに,インテグレーション化による工業的(計画的)生産と系列化等の流通特性から,牛肉や豚肉のような卸売市場を経由するチャネルが存在しない。
 しかし,ブロイラーの凡そ80%は卸売業者経由で流通しており,ブロイラー製品は,産地処理加工業者と荷受業者との間の相対で取引されている。現在,ブロイラー業界が価格交渉の基準として使用している正肉の卸売価格は,日本経済新聞社が東京及び大阪の主要荷受会社からの聞き取り調査の結果を高値,安値及び加重平均値並びに取引数量を週5日取引日の翌日朝刊紙上に掲載されているものである。これには,調査の明朗性の欠如や取引把握量等の問題が投げ掛けられているが,日経相場は取引のための重要な価格指標として機能しているとの評価を得ている。  農林水産省においても正肉の月間卸売価格を発表している。日本銀行は,月別卸売物価指数の中に鶏肉の項目を設けている(基準年次は1990年)。輸入ブロイラーの卸売価格(国別部位別)については,日本経済新聞社が週一回発表している。
 鶏肉の卸売価格は,その形成過程において,意図的,恣意的に操作されたり,歪められていないことが肝要である。先物市場の形成に際しては,日経相場に関して日本経済新聞社との間で更なる機能強化の検討が必要となる。

  (2-3)取引規格と格付け

 ブロイラーの規格は,1961年以来,農林水産省「食鳥取引規格」によって,種類,名称,重量,等級等が定められている。流通段階の格付けは,形態,肉づき,脂肪の付き方,鮮度,筆羽・毛羽,外傷等,異物の付着,異臭,水切りの9品質の項目をチェックして,A級及びB級の2等級を定めている。 関門商品取引所の取引要綱では,現物受渡しに際しての故障申し立て・故障の処理に関して,(1)故障の申立ては,鮮度不良に限る。(2)故障申立ての時限は,受渡完了後1時間以内。(3)受渡品は,見本採取を行うまで受渡場所の冷蔵庫に保管。(4)検査機関の試験結果を基に,ブロイラー検査委員会において,故障の程度により値引き金額を決定。と定めている。

(3)今後の展望

 97年4月,「食料・農業・農村基本問題調査会」が総理府内に設置され,農業基本法の改正を含む農政のために検討が進められてきた。ここで価格政策における市場原理の一層の活用とその結果としての農業経営の安定が織り込まれている。すなわち,価格が需給を反映するシグナルとしての機能を発揮しうるようにすることである。
 1999年末の時点で,畜産物に関して牛肉と豚肉は,依然として,畜産物価格安定法の指定食肉であり,市場原理に基づく価格形成が行われているとはいえない。1998年9月の「食料・農業・農村基本問題調査会答申」では,具体的政策の方向として,「市場原理の活用と農業経営の安定」の中で,「価格政策における市場原理の一層の活用」が唱えられているにもかかわらず,価格政策対象品目の見直しについて,畜産物に関しては乳製品が挙げられているにすぎない。 格が需給を反映するシグナルとしての機能を発揮しうるようにすることである。
 一方,農林水産省と通商産業省は,商品取引所審議会が1998年1月28日,わが国金融制度ビッグバンの一環としての商品先物市場の改革について提出した答申案を受けて,国会に商品取引所法の改正案を提出した結果,99年4月の施行となった。 格が需給を反映するシグナルとしての機能を発揮しうるようにすることである。
 90年法改正の際に試験上場制度が採用され,トウモロコシやパラジウムが上場された。その後,当該現物業界や行政の裁量で困難なケースが見られたので,今回はこれを受けて届け出制に変更されることになった。 格が需給を反映するシグナルとしての機能を発揮しうるようにすることである。
 わが国の商品先物市場を国際水準に押し上げる手段として,上場商品の品揃えが期待されており,現在,農産物としては大豆ミールと大豆油,ばれいしょ,野菜指数等の上場研究が進行中である。米の上場研究も慎重に検討されている。 格が需給を反映するシグナルとしての機能を発揮しうるようにすることである。
 畜産物の上場研究については,前橋乾繭取引所(現横浜商品取引所)が豚,名古屋穀物商品取引所(現中部商品取引所)が鶏卵とブロイラー,東京穀物商品取引所が牛肉,豚肉及びブロイラーを同時並行的に研究を進めてきた経緯がある。 格が需給を反映するシグナルとしての機能を発揮しうるようにすることである。
 畜産物はナマ物ということで他の原材料とは異なった特性を持った商品である。ブロイラーの先物市場上場は,これまで生鮮食品で長期保存が出来ないなどの理由で上場が見送られてきた商品や,国産豚肉や輸入牛肉など,規格化が可能な畜産物に対しても上場の可能性を開いた点で意義がある。畜産物の中で,牛肉と豚肉の市場規模はブロイラーより大きく,1999年11月にブロイラーと鶏卵が上場されたことをきっかけにして,先物市場に将来上場される可能性がある。また,牛肉と豚肉に関しては格が需給を反映するシグナルとしての機能を発揮しうるようにすることである。
,国内流通量の10%程度しか扱わない卸売市場価格は価格指標としての信頼性に欠けるので,先物市場での形成価格が公正な指標として機能するかは検討に値する。畜産物として初めて関門商品取引所に上場されたブロイラー先物市場が,ブロイラー産業にとっての価格発見及びヘッジ機能の強化によるマーケッティング力の向上に寄与できるよう成長すれば,豚肉と牛肉の先物市場上場に対する理解が深まることにつながる。そして,ブロイラー業界以外の,豚肉および輸入牛肉取扱業者への先物市場の役割について,啓蒙活動を行うことが,畜産物先物市場への上場品目を増やすことにつながると考える。 格が需給を反映するシグナルとしての機能を発揮しうるようにすることである。
本論文は,岐阜大学審査学位論文に,一部修正を加えたものである。

目  次

要約    2
   (1)ブロイラー産業構造の日米比較    2
       (1-1)産業発展過程    2
        (1-2)生産構造    2
        (1-3)貿易構造    3
        (1-4)消費構造    3
   (2)ブロイラー新規上場のための検討課題    4
        (2-1)価格変動リスク回避の必要性(経済目的性)    4
        (2-2)公正な価格形成機能(公共目的性)    5
        (2-3)取引規格と格付け    6
   (3)今後の展望    6
目次                                                                          8
緒言    12
  (1)研究の背景と目的                                                    12
  (2)わが国における商品先物取引の歴史    13
  (3)関門商品取引所におけるブロイラー先物市場上場と本稿の対応    15
  (4)畜産物先物取引に関する日米の研究    17
研究方法                                                                      19
結果および考察                                                                21
 第1章  米国のブロイラー産業の歴史と現状    21
  (1)ブロイラー産業の歴史    21
  (2)ブロイラー会社(インテグレーター)    26
  (3)契約生産      29
  (4)ブロイラーの生産コストと流通コスト    31
  (5)ブロイラーの輸出    33
  (6)ブロイラーの流通    35
  (7)ブロイラーの価格形成    39
  (8)ブロイラー産業の規模    41
  (9)食鶏の規格    42
  (10)食鶏の格付    45
 第2章  米国ブロイラー価格変動と先物取引の可能性    46
   (1)先物取引の意義    46
  (2)米国での農産物先物取引    47
  (3)米国での畜産物先物取引                                              49
  (4)CMEブロイラー先物取引(1991年〜1995年上場)    51
  (5)'91〜'95上場失敗の理由    52
    (5-1)価格変動の低下    52
    (5-2)ブロイラー会社の寡占化    54
      (5-3)ブロイラー流通主体の変化    55
       (5-4)ブロイラー製品のブランド化    57
   (6)ブロイラー先物市場再上場の可能性    58
       (6-1)米国における食肉需給の変化    58
       (6-2)ブロイラーむね肉上場の検討    60
       (6-3)公正な指標価格ニーズ    61
 第3章 日本のブロイラー産業の歴史と現状    64
  (1)ブロイラー産業の歴史と見通し    64
  (2)ブロイラーの流通形態    67
    (3)ブロイラーの生産地と生産者    70
  (4)ブロイラー出荷数量の月別変動    71
  (5)ブロイラーの生産コストと経営事例    72
  (6)ブロイラーの処理加工・流通コスト    74
  (7)ブロイラー産業の規模    76
    (8)ブロイラーの流通・消費構造    78
  (9)ブロイラーの契約生産とインテグレーション    81
  (10)インテグレーターの現状    84
   (11)ブロイラーと銘柄鶏肉    88
  (12)輸入鶏肉    93
  (13)食鶏取引規格と食鶏の格付    98
 第4章 国産ブロイラー価格変動と先物取引の可能性    100
    (1)国内産ブロイラー価格形成    100
        (1-1)国内鶏肉の生産構造    100
      (1-2)国内での鶏肉流通    101
      (1-3)国産鶏肉の価格形成と問題点       104
    (2)輸入鶏肉の国産鶏肉価格形成への影響    105
    (3)先物市場上場の適格条件と検討    107
        (3-1)先物市場上場農産物と鶏肉の価格変動の比較    108
       (3-2)取引規模の検討    110
        (3-3)品質の標準化の検討    113
        (3-4)取引参加者と主導権に関する検討    114
第5章 ブロイラー現物先物市場の市場規模と出来高に基づく標準品の検討    115
     (1)現物先物取引    115
   (2)国内先物市場上場農産物の出来高比較    116
   (3)飼料用とうもろこしとブロイラー標準品候補の市場規模    117
   (4)ブロイラー標準品候補の価格変動と出来高の推定    118
第6章   ブロイラー現物先物市場における受渡しと指標価格形成機能    122
   (1)関門商品取引所のブロイラー現物先物取引    122
    (2)国内現物先物市場での農産物の受渡しとブロイラーの受渡し高の検討    123
   (3)ブロイラー処理会社の販売価格変動リスク    127
   (4)ブロイラー現物先物市場価格の指標性    128
謝辞    133
引用文献    134
英文要約                                                                     141

戻る