4.アノマリーの検討

   一一「3月またがり60日」一一

 「3月(みつき)またがり60日」という言葉が、プロの間にあるそうです。これは、3カ月にまたがる立会日60日目ごとに売買すれば利益を取れる、という意味のようです。つまり、株価の動きには一定の波があり、60日目ごとに波の谷と山を繰り返す銘柄があるから、谷で買って60日後の山で売り、そのまた60日後の谷で買うということを繰り返せ、ということなのです。図1をご覧ください。図が小さくてわかりにくにと思いますが、「1992大成プレハブ」の日足のローソク足を、今年(平成5年)の大発会(1月4日)から10月末(10月29日)まで描いたものです。複雑な動きをしていますが、大きな波と小さな波が重なった動きに見えませんか。

 図2をご覧ください。図1のローソク足の代わりに、日足の終値を結んだ折れ線グラフです。図1よりだいぷ見やすくなっていますが、図1とほとんど同じように、大きな波と小さな波が重なった動きが見えます。連続した株価の動きを見るには、ローソク足より折れ線の方が便利です。

 図3をご覧ください。図2の折れ線の上に、数学でいう正弦曲線(サインカープ)を1本当てはめ、点線で描いたものです。このサインカーブは、60日ごとに谷と山を繰り返します。株価の大きな動きとだいたい一致しているように見えませんか。

 図3の最初の谷は2月の始めにあります。ここで買い、次の4月末の山で売り、次の7月末の谷で買い、次の10月始めの山で売り、次の来年1月の谷で買い、ということを繰り返せば、利益を取れそうです。これが、「3月またがり60日」ということです。  

P47

 「1992大成プレハブ」の今年10月までの動きは穏やかです。全体の動き(トレンド)がほぼ一定で、1,800円台中ごろを中心として動いています。別の言葉で表現すれば、大きな波以外のトレンドがない、ともいえそうです。そのうえ大きな波は、ピタリ60日の売買に適しています。しかし、すべての銘柄の動きも同じかというと、決してそうではありません。

 試みに東証一部の銘柄を全部調べてみたところ、トレンドがほとんどなく、しかも60日前後の谷と山を操り返している銘柄は、厳密には20〜30にすぎません。多くは、トレンドが過激な動きをしています。過激なトレンドは、景気、政策、金利などで適当に後講釈ができるかも知れません。しかし「3月またがり60日」は、景気などの影響では説明できそうもありません。それではどうやれぱ説明できるかというと、わかりません、ということになってしまいます。

 アノマリー(anomaly)とは、すでに林先生が本誌で紹介されていますが、理由を説明できない一定の株価の動きの形(パターン)をいいます。1980年代までの日本のアノマリーは「加藤清:株価変動とアノマリー、日本経済新聞社、1990」という本に、アメリカのアノマリーは「マルキール(井出訴):ウォール街のラ

ンダム・ウォーク、日本経済新聞社、1993」という本に詳しく紹介されています。ただし、「3月またがり60日」については、まったく触れていません。

 アノマリーの例として、上記の本では月の効果、会社の規模の効果、曜日効果、過剰反応効果などが挙げられ、アノマリーを利用した投資は有利だそうです。例えば月の効果として、日本でもアメリカでも1月の株価が高く、さらに日本では6月の株価も高く、この傾向は会社の規模が小さいと著しいようです。これらの検討には、次式の日次収益率(%)を利用しています。

      目次収益率(%6)=前日の終値/今日の終値×100%

 筆者は、パソコンで株式の検討をしています。現在、東証上場全銘柄の過去6年間にわたる日足と月足データを利用できるので、月の効果のアノマリーについて、次のように検討してみました。

 まず検討する銘柄は、本誌でしばしば紹介されているFAl方式の対象銘柄1,074社とし、会社の規模を平成5年10月現在の資本金が30億円未満(規模1)、30〜100億円未満(規模2)、100〜300億円未満(規模3)、および300億円以上(規模4)の4段階に区分しました。規模1は96社、規模2は396社、規模3は375社、規模4は207社になりました。

 検討する期間は1988年1月から1993年10月とし、パソコンは計算速度が遅いため、データは日次収益率の代わりに次式の月次収益率(%)とし、規模別・年月別に平均値を求めてみました。

     月次収益率(%)=前月の終憶/今月の終値×100%

 図4が、検討結果です。期待に反し、アノマリーとして認められる月効果は、どの規模にもほとんど見られません。バフル終末期の1988年と1989年には、どの月もあまり大きな差がありません.しかし、バフル崩壊期の1990年以降、月間の差が大きくなり、パターンが一定せず、予想していたアノマリーがあるとしたら、それこそアブノーマルになっています。日本やアメリカで従来言われていたアノマリーは、パプル崩壊期には崩壊してしまうのかも知れません。この図を見ても、最近数年間の日本の株価変動は異常のように思います。

 「3月またがり60日」に関連することを、本誌1991年5月号やそれを引用した本年9月号に林先生が言かれています。どうして「3月またがり60日」が成立するのか、はっきりした理由はないようです。とすると、これもアノマリーの一種と思います。今後何回かにわたって、「3月またがり60日」を中心としたアノマリ一の検討結果を紹介させていただきます。これらの検討結果を参

P51

考にし、できれば「中源線」に引き続く「アノマリー」のパソコン用ソフトを作りたいと思っています。

アノマリーの検討(その2)

2.トレンドと乖離率

図1−1〜1−8をご覧下さい。実線(隙間のない線)は、日足終値を結んだ折れ線です。期間は、1992/12/21から1993/12/10までの240立会日です。破線(少し長い点線)は、数学の一種の最小2乗法というものを利用し、実線の動きに最も当てはまるように引いた直線です。この直線は、回帰直線と呼ぱれます。

図1−1の「8195デニーズ」の日足(終値)折れ線は、右肩上がりです。回帰直線も右肩上がりになっています。図1−2の「1922大成プレハブ」の日足析れ線は、大きくジグザグ(凸凹)しています。回帰直線は、わずかに右肩上がりになっていますが、まあまあ両肩が揃っています。図1−3の「6766宵越商事」の折れ線は、右肩下がりです。回帰直線も右肩下がりになっています。回帰直線は、折れ線の動き全体を大まかに表わしています。そのため、トレンド(傾向)を表しているといえそうです。最小2乗法でトレンドを求める場合、いろいろな形が考えられますが、最も簡単な形が回帰直線です。図2−1〜2−3をご覧下さい。図1−1〜1−3の折れ線と直線から次式で乖離率(%)を求め、それらを順に結んだ折れ線です。

乖離率(%)=100×(終値一直線の値)/直線の値

日足のトレンドが両肩揃いの「大成プレハブ」では、図1−2と図2−2の折れ線の形がほとんど変わりません。しかし、トレンドが右肩上がりの「デニーズ」と右肩下がりの「官越商事」では、図1−1と図1−3ではわかりにくかった大きなジグザグが、

図2−1と図2−3でははっきりしています。図2−1〜2−3の折れ線の形が、大きな波と小さな波が重なっているように見えませんか。図の横軸は、10立会日ごとに短い目盛り線を、60立会日ごとに図の上から下まで点線を引いてあります。これを参考にして、図2−1〜2−3の乖離率の折れ線をじっくり見てください。折れ線墳す大きな波は、ほぼ10立会日ごとに、「谷から山ヘ」、「山から谷ヘ」を繰り返しているように見えませんか。トレンドのトレンドになりますが、日足終値のトレンドからの乖離率または乖離値幅のトレンド(大きな波)か、「3月またがり60日」売買が成立する理由のように思えます。ピタリ60日とはいきませんか、意外にたくさんの銘柄で、乖離率の折れ線が60日前後で大きな谷と山を繰り返すようです。株式のチャート分析でぷつうに使われているトレンドは、移動平均線です。日足チャートでは、25日移動平均線を使うことが多いようです。しかし、60日置き売買を考える場合、波の分析をするには、30日移動平均線のほうが便利と思います。

図3−1〜3−3をご覧ください。実線は、図1−1〜1−3と同しで、日足終値の折れ線です。破線が、30日移動平均線です。25日移動平均線(省略しました)と比べると、少し滑らかですが、ほとんど変わりません。しかし、図1−1〜1−3の回帰直線は実線のほぼ真ん中を通っていましたが、移動平均線は少し右側にずれています。数学的な移動平均線は、図の移動平均線を左側に15.5日分ず一らします。そうすれば、移動平均線が実線のほぼ真ん中を通ります。しかし株式分析では、図のように、わざわざ右側にずらせています。移動平均線は計算できますが、回帰直線の場合と違い、数式で表すことができません。数式で表わせれば、未来に延長し、予測に利用できます。この点、移動平均線は不便です。しかし回帰直線は、解析に使用するデータの個数や範囲で数式が変わり、同じ日付でも直線上の値が変わります。これに対し、移動平均線は、移動日数が一定なら、解析に使用するデータの個数や範囲に関係なく、いつも同じ形を取ります。

図4−1〜4−3をご覧ください。実線は、次式で求めた30日・!移動平均からの乖離率(%)の折れ線グラフです。

乖離率(%)=100×(日足終値一30日移動平均)/30日移動平均

図2−1〜2−3と少し形が遵いますが、図4−1〜4−3の折れ線の形も、大きな波と小さな波が重なっているように見えませんか,図2−1〜2−3と同様に、折れ線が示す大きな波が、ほぼ60立会日ごとに、「谷から山ヘ」、「山から谷ヘ」を繰り返しているように見えませんか。

「8195デニーズ」のように右肩上がりの銘柄は、谷で現物買い、山で現物売りが良さそうです。このような銘柄として、平成5年12月現在の弱気ムードでは少ない数ですか、「6861キー工シス」、「6971京セラ」、「8183セブンイレブン」、「8214アオキインター」、「8227しまむら」、「9404日本テレビ」、「9431国際電信電話」、「9602東宝」などがあります。「1922大成プレハブ」のように両肩揃いの銘柄は、ドナン売買に適しているように思います。このような銘柄として、「1822大壷建設」、「1878大東建託」、「1891大都工業」、「1895大成ロテック」、「3402束レ」(林先生がしばしば引用される、銘柄です)、「4502武田薬品」、「4911資生堂」、「6586マキタ」、「7013石川島」、「8018三共生真」、「8245丸栄」、「8809サンゲイビル」などがあります。「6766官越商事」のように右肩下がりの銘柄は、山で空売りし、谷で買い戻すの“こ適していそうです。このような銘柄は弱気ムードの現在沢山ありますが、直線的な右肩下かりの銘柄として「1883前田道路」、「1896大林道路」、「5423東京製鉄」、「5444大和工業」、「5445東京鉄鋼」、「6336千代田化工」、「8182いなげや」、「8238伊勢丹」などがあります。

日足の動きは、フフングメンタルズを効率的に織り込んでいるなら、紬かなリズムカ、あるとしても、ファンダメンタルズを織り込んだとたん、階段状に変化すると思います。それにもかかわらず、右肩上がりや右肩下がりのトレンドだけでなく、トレンドを消した乖離率の折れ線に、大きな波としてウネリが見られます。波の谷は異常に下1ナ過ぎ、山は異常に上げ過ぎているといえそうです。そのため、谷や山は「過剰反応」であり、逆方向に動く反動を期待できることが多いようです。大きなウネリ自体がアノマリーであり、谷や山に引き続く反動はアノマリーの一種の「過剰反応効果」といえるのではないかと思います。

〔追記〕前号(1993年11月号)p48で、「トレンドがほとんどなく、しかも60日前後の谷と山を繰り返している銘柄は、厳密には20〜30にすぎません」と書きました。この件につきまして、今回の原稿を書き終えた後、銘柄名を教えて欲しいとの間い合わせがいくつが来ているので紹介してくれ、とのご連絡を林先生から受けました。そこで、追記と言う形で、銘柄名を紹介させていただきます。もともと、今回紹介した「デニーズ」、「大成プレハブ」および「宵越商事」のグラフは、大納会を終えた後に描き直す予定でした。ところがご承知のように、平成5年末の相場は前例を見ないほど、異常に神経質な動きになりました。そのため「大成プレハブ」の折れ線も、年末には急速に落ち込み、右肩下がりになってしまいました。そこで、原稿のはうはそのままにさせていただきますが、銘柄名をあらためて検討し直しました。平成5年中に両肩揃いだった銘柄数は、年末の影響で少なくなりました。ほぼ両肩揃いで60日ごとに谷と山を繰り返した銘柄は、わずかに14銘柄程度です。ご参考のため、銘柄名と平成5年における日足終値の折れ線グラフを、付図1〜14に示します。なお前号p39〜40で、林先生が「また会ったオバサン名人」のことを書かれていますが、「オバサン」が売買した銘柄は「片倉」と「三井東圧」です。これらの銘柄の折れ線グラフも、ご参考のため、付図15と16に示します。「オバサン」が売買したと思われる平成4年の折れ線部分は省略していますが、両銘柄とも右肩下がりでした。筆者には、「片倉」や「三井東圧」がウネリ取り向きの銘柄とは、とてもとても思えません。それにもかかわらず、「オバサン」は主基こ利益を出しているそうです。だからこそ、「名人」と言われるのだと思いますが、ウネリ取りにも技術力が必要な証拠です。付図1−14の銘柄の多くは、平成5年にはウネリ取りに向いていたと思います。しかし、平成6年もそうなるとはいえませんし、たとえそうなるとしても、やはり技術力が必要になることをお忘れなく。