4.乖離率利用法の検討(1)
前回、移動平均からの乖離率(以下「移動平均乖離率」と呼びます)について,一般的な説明をいたしました。今回は,乖離率の利用法について,具体的に検討した結果の一部を紹介させていただきます。検討に使用した銘柄は,空売りの場合を考慮し,FAI銘柄のうちの貸借銘柄(以下「FAI信用銘柄」と呼びます)に限りました。またデータは,1991〜1993年の3年分の日足終値を使いました。
まず,移動平均乖離率が,年ごとに,どのような値で毎日出現して来たかを調べました。しかし,移動平均乖離率の値は,移動日数によって違ってきます。そこで,移動日数をいろいろに変え,小数点以下1桁までの値で移動平均乖離率を求めてみました。
図1をご覧ください。移動日数を30日にした場合の各年ごとの棒グラフです。1991と1992年の銘柄数は741社,1993年の銘柄数は742社です。横軸は移動平均乖離率の値,縦軸はその値が出現した回数です。各年の図の右上の囲いの中に,その年に出現した乖離率の個数(延べ立会日数と同じです),平均値および標準偏差を示してあります。なお詳しい説明は省略しますが,標準偏差という値はデータのぱらつきの大きさを表わす尺度のひとつで,株式分析の場合,しばしば投資リスクの指標として使われます。
図は,乖離率が0.1%刻みのため棒の数が多く,隣合う棒がくっついていますが,形の読み取りには支障がありません。各年とも,平均値を中心とした比較的きれいな山を示しています。山の裾に当たる一20%以下や+20%以上の乖離率が出現することは滅多にないようです。図を示しませんが,移動日数を短くすると,両裾の幅がだんだん狭くなり,山が高くなります。逆に,移動日数を長くすると,両裾の幅がだんだん広がり,山の高さが低くなります。そのため,滅多に出現しないような乖離率の値は,移動日数の値で変わってきます。
滅多に出現しない乖離率が出現した場合,「過剰反応」とみなすことができると思います。会社が倒産したり仕手戦を演じているような特別の場合を除き,「過剰反応」に引き続く反応は,ふつうの状態に戻る反応になることが多いはずです。そのため,滅多に出現しないほど低い乖離率の株価が出現した場合,その銘柄に「買い」チャンスが到来した可能性が強いと思われます。また,滅多に出現しないほど高い乖離率の株価が出現した場合,その銘柄に「売り」のチャンスが到来した可能性が強いと思われます。
滅多に出現しないほど低かったり高かったりする乖離率の線引きは,図1ではやりにくいと思います。もっと正確に,しかも簡単に行なう方法がないでしょうか。そのひとつとして,累積相対(「アイタイ」ではなく「ソウタイ」と読みます)度数のグラフを描くということが考えられます。累積相対度数は,次のように求めます。
全銘柄の毎日の乖離率ぱ,0.1%刻みで求めてあります。まず,いくつの乖離率が何回出現したか,その回数を求めます。この回数を,統計学では一般に,「度数」といいます。次に,いちばん小さい乖離率から順に,度数を加え合わせて行きます。この値ぱ,小さいほうから順に積み重ねた度数になるので,「累積度数」といいます。また,「小さいほうから順に」ということを「昇順」といいます。
昇順に累積した最後,すなわちいちぱん大きい乖離率の累積度数は,出現した乖離率の度数の合計と一致します。この合計で累積度数を割ると,全体の度数を1とした相対的な割合になります。これを「累積相対度数」といいます。また,割合を百分率にしたいときは,すべての累積相対度数を100倍します。これも「累積相対度数」といいますが,正確には「累積相対度数(%)」といいます。
図2−1をご覧ください。0.1%刻みの乖離率を横軸に,累積朴対度数(%)を縦軸にとり,昇順の累積相対度数(%)を折れ線で描いたグラフです。この図から,累積相対度数が10%以下,つまり10回に1回くらいの割合で,1991年の乖離率は約一9%以下,1992年には約一11%以下,1993年には約一8.5%以下になったことが分かります。また,何%以上の乖離率が10回に1回くらいの割合で出現したかは,100−90=10なので,どの年も約10%以上ということが分かります.しかし,100−90=10などといちいち暗算するのは面倒です。
図2−2をご覧ください。軸の取り方は図2−1と同じですが,乖離率の大きいほうから小さいほうへ順に(降順といいます)累積した折れ線グラフです。この図から,累積相対度数が10%以上,つまり10回に1回くらいの割合で,どの年も乖離率が約9%以上になったことがすぐに分かります。「乖離率がいくつ以上になる割合は?」という質問に答えるには,降順のグラフのほうが便利です。ところで,「滅多に起こらないほど低い割合(確率)」をいくつにしたら良いでしょうか。統計学では,5%や1%,ときには0.1%という値を使います。となると,図2−1や図2−2では縦軸の目盛りが粗すぎて良く分かりませんが,「滅多に起こらないほど低い確率で出現する大きい乖離率」は,年によってあまり変わりまぜんが,「滅多に起こらないほど低い確率で出現する小さい乖離率」は,年によってかなり違っていそうです。
混沌とした政局下ではどうなるか分かりませんが,1994年は,景気が底を打って上向きになりそうな気配です。そのため,検討した1991〜1993年は,バブル崩壊終末期ともいえそうです。少なくともこの3年間の「滅多に起こらないほど低い確率で出現する小さい乖離率」は,どの年もほぱ同じくらいの値になって欲しいものです。さもないと,1994年以降に通用しそうな買指標にならないと思います。しかし,移動日数をいろいろに変え,累積相対度数のグラフを描いてみましたが,移動平均法ではなかなか適当なものが見つかりません。
移動平均線は,トレンドの一種です。そこで,トレンドを求める他のいろいろな方法で,トレンドからの乖離率を検討してました。その結果,きわめて簡単ですが,次のような方法が良さそうに思えました。この方法は,誰かが試みているかもしれませんが,仮に,「移動直線回帰法」と名付けてみました。次のような方法です。
連続した一定の日数の日足終値を用い,最小2乗法という方法で,日足終値の動きに最も当てはまる直線の数式を作り,最後の日の値(以下,「直線回帰値」と呼びます)を求めます。移動平均法と同様に,1日づつずらしながら,連続した一定の日数(移動日数)で直線回帰値を求め,次式で直線回帰値からの乖離率(%)(以下,「移動直線回帰乖離率」と呼びます)を求めます。
乖離率(%)=100×(日足終値/直線回帰値一1)
図3をご覧ください。移動日数が1Z0日の移動直線回帰乖離率の棒グラフです。図の描き方は,図1と同様です。1991年の山の右側は少し歪んでいますが(60日移動平均の場合に似ています),どの年も山の左側は似ています。
図4−1と4−2をご覧ください。図2−1や2−2とは逆に,「滅多に起こらないほど低い確率で出現する大きい乖離率」は,年によってかなり違っていますが,「滅多に起こらないほど低い確率で出現する小さい乖離率」は,年によってあまり変わりません。移動日数をいろいろに変え,累積相対度数のグラフを描いてみましたが,移動日数120日の場合がいちばん良さそうでした。
図5をご覧ください。「滅多に起こらないほど低い確率」の部分を拡大したグラフです。左側の図は,昇順の120日移動直線回帰乖離率の,右側の図は,降順の30日移動平均乖離率の累積相対度数(%)のグラフです。年ごとに少し違いますが,検討したいろいろなトレンドからの乖離率の範囲内では,年ごとの差がいちばん小さい累積相対度数のグラフでした。
図5から,120日移動直線回帰乖離率が一13%以下になった確率は,過去3年間では5%以下でした。乖離率が一19%以下になった確率は1%以下,一22%以下になった確率は0.5%以下,一26%以下になった確率は0.1%以下,などと求めることができます。また,30日移動平均乖離率を使えば,13%以上になった確率は5%以下,21%以上になった確率は1%以下,25%以上になった確率は0.5%以下,40%以上になった確率は0.1%以下,などと求めることができます。
もしかしたら,上記の図5から得られる確率と乖離率の関係は,乖離率を売買指標として使える根拠になるかも知れません。そのためには,もし使ったとしたらどうなるか,検討する必要がありそうです。その結果によっては,1994年以降にも,売買指標として使えるかも知れません。紙数の関係で,検討結果の紹介は次回に譲ることにいたしますが,売買指標として使えそうに思います。
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