はじめに 2 人物紹介 6 第1章 日本・東京 ――Tokyo, Japan 7 第2章 イタリア・カンピオーネ ――Campione, Italy 45 第3章 中国・香港 ――Hong Kong, China 81 第4章 バヌアツ・ポートヴィラ ――Port Vila, Vanuatu 113 付録 1 PTに必要な知識[ビザ・市民権・永住権] 143 2 PTに必要な知識[オフショアセンター] 147 3 PT用語辞典 161
人の面では観光・商用旅行を問わず、ビザ制度の簡素化で国家間の人の流れはますます自由になっています。物の面では貿易の自由化が進み、経済的合理性が働き、安価な品物が日本に入ってきています。金の面では1998年の外為法の改正で、有利な運用先を求めて、海外に資金が動いています。情報の面では、インターネットを通じて、誰でも世界中の情報に簡単にアクセスすることが可能になっています。
このような環境下で、島国に住むわれわれ日本人の生活にも国外の世界が入り込んできています。例えば定年後に夫婦そろって海外で長期に滞在する人たちが増えています。また、中国製品の台頭で以前では考えられないぐらいの安価な製品を日本で買うことができます。さらに、海外の銀行や証券会社で自分の資金を運用している学生や主婦も増えています。そして、海外のインターネットサイトで直接物を購入することは特別なことではなくなっています。
他方で、その自由化にストップをかける事件も起こりました。米国で発生した同時多発テロです。この事件以降、世界の流れに変化が起こりました。自由化に逆行して、規制をかけようという動きです。例えば、米国では滞在ビザ発行に関して厳しくなりました。また、このマンガの中にも出てきますが、税金がかからないオフショアセンターについては、マネーロンダリングを排除させるため、規制が厳しくなってきています。つまり、グローバリゼーションの拡大の一方で、その拡大にストップをかけるという相反する事象が今、世界では起こっているのです。世界情勢はますます複雑化しています。
終身旅行者とは、このように複雑化している世界を相手に、日本一カ国のみに自分のライフスタイルを委ねるのではなく、複数の国々をうまく使い分けて、したたかに生きていくという究極のライフスタイルなのです。これは欧米では「Permanent Traveler」、略して「PT」と呼ばれます。このほかに「Perpetual Tourist(終身観光者)」「Passing Through(通り過ぎ)」「Parked Temporarily(一時滞在)」「Prior Taxpayer(納税者優先)」「Privacy Trained(隠遁訓練者)」「Possible Thinker(可能性を思案する人)」「Prepared Thoroughly(完全準備)」などの意味を含んでいます。そしてこれらを意味する「PT」は、欧米では高額な税金の支払いに悩む富裕層や、人生に前向きで開拓精神旺盛な個人に十分に認知されています。
では、実際に「PT」とはどのようなスキームなのか。その言葉の意味からも察することができると思われますが、簡単に言えば次のようになります。ある国の居住者になれば、当然、その居住国において納税の義務が発生します。そこで、定期的に居住する国を替えて、税務上、どこの国の「居住者」にも属さない「終身旅行者」になるのです。もう少し具体的に言うと、ある国に滞在して、滞在日数が税法上その国の「居住者」となり高額な納税義務が生じそうになったら別の国に移り住み、またそこで滞在日数がその国の税法上「居住者」になりそうになったなら、またまた別の国に引越しをするというものです。 さらに終身旅行者には、このような単純な節税目的のみならず、複数の国を使い分けることで、できる限りライフスタイルのリスクを分散させるという意味合いが非常に強くもあるのです。その分散について、終身旅行者のライフスタイルを突き詰めた結果、PTの基本原則「5つのフラッグ(旗)理論」という概念が生まれました。
5つのフラッグとは、
第一のフラッグ: 国籍を持つ国
第二のフラッグ: ビジネスを営む国
第三のフラッグ: 居宅を持つ国
第四のフラッグ: 資産運用を行う国
第五のフラッグ: 余暇を過ごす国
です。つまり、用途に応じてこれらの国々を使い分けるという理論です。
ところで、この「PT」という概念はどのようにして形成されたのでしょうか。一般的には、 1964年にHarry D. Schultzが"How to Keep Your Money and Your Freedom"の中で発表した概念が、その始まりだといわれています。彼は、セカンドパスポート(第二のパスポート)を持つ必要性があることや、自国外の安全な場所に資産を置くこと、法的住所をタックス・ヘイブンに置くことを唱え、独自の3つのフラッグ理論(Three Flags Concept)を提唱しました。この理論はその後、通常のビジネスを営んだり、余暇を過ごす国を加えた、5つのフラッグ理論へと発展しました。このHarry D. Schultzの理論に影響を受けたW.G. Hill博士は、自らPTのライフスタイルを堪能した後、1989年に、新たなアイデアを取り入れ、"PT"と題する初の決定的な本を出版しました。ここで、ほぼPTの概念が固まったと言われています。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、いよいよ終身旅行者の世界に入っていくことにいたしましょう。
2004年7月 木村 昭二