訳者まえがき 1 著者について 5 まえがき 7 第1章 財務数値ゲーム 15 ゲームの報酬 17 創作的会計手法の分類 29 本書のプラン 37 まとめ 39 用語集 40 第2章 ゲームの仕方 47 会計方針の選択と適用の仕方 48 不正財務報告 80 ゲームの後処理 90 用語の定義の明確化 95 まとめ 98 用語集 99 第3章 利益の管理――よく見てみると 109 利益の管理とは何か? 112 利益管理をもたらす状況と誘引 114 利益管理のテクニック 119 利益管理が存在することの証拠 126 利益管理の有効性 135 利益管理は善か悪か 147 まとめ 152 用語集 155 第4章 SECの反応 167 議長講演 167 アクションプラン 172 その後の展開 177 証券法の執行 191 まとめ 212 用語集 214 第5章 金融のプロは語る 223 金融プロに対する調査 224 調査結果 231 まとめ 260 用語集 263 第6章 時期尚早な収益認識または架空収益の認識 269 時期尚早な認識なのか架空収益なのか 270 収益はいつ認識されるべき 280 時期尚早や架空の収益認識を見破る 315 時期尚早に認識された収益や架空の収益を発見するためのチェックリスト 324 まとめ 326 用語集 328 第7章 強引な資本化と償却期間長期化の会計方針 337 費用の資本化 339 強引な費用の資本化方針を見破る 359 資本化された費用の償却 369 償却期間の長期化を見破る 378 強引な資本化と償却期間長期化の方針を見抜くためのチェックリスト 382 まとめ 382 用語集 385 第8章 資産・負債の虚偽の報告 395 発表利益との連関 396 株主資本の水増し 399 過大評価資産 401 過小評価の負債 431 虚偽報告の資産および負債を察知するチェックリスト 445 まとめ 446 用語集 450 第9章 損益計算書における創作的会計処理――分類と開示 463 現状の損益計算書要件およびその実務 465 包括利益の会計報告 482 創作的損益計算書の分類 485 売上総利益測定の創作的処理 500 まとめ 511 用語集 513 第10章 損益計算書における創作的会計行為――プロフォーマの利益指標 521 純利益の再計算――プロフォーマ利益指標 524 まとめ 555 用語集 568 第11章 キャッシュフロー報告の問題点 565 キャッシュフローの報告 568 営業キャッシュフロー報告の問題点 579 創作的会計処理を発見する目的で営業キャッシュフローを活用 607 創作的会計処理を発見するための営業キャッシュフロー活用のチェックリスト 612 まとめ 613 用語集 615
最後になるが、本書の原書“The Financial Number's Game”の邦訳を決定された後藤康徳氏(パンローリング)、編集・校正の阿部達郎氏(FGI)、装丁の新田和子氏、そして翻訳のお手伝いをいただいた中根一枝氏、月本潔氏に心からのお礼を申し上げたい。
2004年3月
喜久田悠実
本書は、財務諸表のユーザーが、創作的会計手法によってねじまげられた財務業績のせいで誤解へと導かれることがないように執筆された。主要な章は、読者が創作的会計手法が用いられているかどうかを識別するためのチェックリストで締めくくられている。これらのチェックリストと解説の文章は財務数値ゲームを行った何百社もの企業の例に基づいている。
読者に対する特記事項
本書の出版時には、エンロン社を破滅にいたらしめた会計および財務報告の詳細がちょうど明るみにでたばかりであった。残念なことに、エンロン社に投資したり融資した人たちは、同社のトレーディング活動、オフバランスシート負債、関係会社取引に絡むリスクを十分に割り引いていなかった。出版の締切の都合上、本書では同社で発生した事象に関する十分な説明をすることができなかった。しかし、第8章「資産・負債の虚偽報告」および第9章「キャッシュフロー報告の問題点」の章末に掲げたチェックリストに示したすべてのステップを十分に注意深く検討するならば、同社において起こりつつあった問題に対して警鐘を鳴らすことができていただろうと確信している。
企業が何らかの「会計不正」の発覚に伴い、当期および過年度の業績下方修正の必要があると発表したおかげで、ビジネスマンや投資家などの財務諸表のユーザーが動揺してしまうことはよくある。次の事例を見てみよう。
ゲームの報酬
財務数値ゲームのプレーヤーが得る報酬には、多種多様なケースが考えられる。会社の株価の上昇もそのひとつである。債務格付けを向上させ金利コストを抑えたい、というインセンティブが働くこともあろう。あるいは、まだ余裕があるように見せかけて、借入契約条項による制限を回避するということもあるかもしれないし、会社の利益に基づいて支給されるボーナスの額を増やしたいということかもしれない。さらに、知名度の高い大企業にとっては、規制の強化や増税を避けたいなど、政治的コストの軽減が目的となるケースもあろう。表1.2は、財務数値ゲームによるこれらの報酬をまとめたものである。以下、個別に検証してみる。
株価効果
投資家は、企業の収益力に対して、つまり、継続的に収益を伸ばしていくことでキャッシュフローを生み出すことができる企業の株式に高い価格を支払う。企業の現時点におけるキャッシュフローは不可欠である。例えそうでなくても、今後数年のうちに、その企業がキャッシュフローを生み出せるようになることを投資家は期待しているに違いない。
企業が投資家に向かってより高い収益力を示した場合、その企業の株価へのプラス効果は高まると期待される。株式を直接保有している、あるいはストック・オプションを保有している経営者にとって、株価の上昇は個人的財産の増加につながる。財務数値ゲームは、企業が高い収益力を持っていることを投資家に知らせることによって株価の上昇を促すためのひとつの方法であるかもしれない。
借入費用効果
企業は、決算発表において、より高い利益、より大きな資産、より小さな負債、より高い利益に伴うより高い株主資本を報告することで、融資者や債券投資家に対して、その企業の信用度と債務格付けが改善しているような印象を与えることができる。財務数値を良くみせるために創作的会計手法を用いることが、企業の借入費用を低減させるかもしれないのだ。
ボーナス制度効果
企業の役員や重要なポストについている従業員にとって、インセンティブ報酬制度は通常ストック・オプションもしくは株式値上り益享受権制度(stock appreciation rights plan)である。このような制度を通じて、従業員は、株式か、その企業の株価連動型の株式または現金を手にするする権利を受け取る。適切な仕組みになっていれば、そのような制度は、役員と従業員の利益をほかの株主の利益と一致させる役目を果たす。時折、企業は収益の指標、例えば税引き前利益を使って、現金もしくは株式によるボーナスの計算をする。このようなボーナスのスキームが、企業が報告する収益数値にリンクしている場合には、役員と従業員が自分たちのボーナスを最大にするために創作的会計手法を用いる動機が存在することになる。
政治的費用効果
規模が大きく知名度の高い企業は、当局の目に留まりたくないために、公表利益の数値を引き下げようと努力するかもしれない。石油輸出国機構(OPEC)の強い権力と1970年代のオイル・ショックによる石油価格の高騰をじかに経験したことがある読者ならば、その期間の石油会社の収益に対して使われた用語「露骨な利益(obscene profits)」をおぼえているだろう。米国議会が“超過利潤税”という特別税を制定し、米国の石油会社の利益を抑制しようとしたほど、当時の石油会社の利益は十分に高いとみなされていた。その期間、石油価格の変動が非常に激しかったため、これらの会社は利益の数値を抑制するための手段をほとんどとれなかった違いない。しかし、もう少し時間があったならば、利益を低くするために、収益の計上を先延ばしにする、あるいは経費を増加させるといった方法がとられていたかもしれない。
この会計方針のもとでマイクロソフト社は、製品の販売時点において、収益のうちサービスに関連する部分の認識を、ライセンス契約の期間にわたって繰り延べる、あるいは延長するという方法をとっている。認識が繰り延べられる収益の額はこれらの“まだ顧客に渡されていない”部分に割り当てられた価値から算出する。この方針のもとでは、“まだ顧客に渡されていない”部分に割り当てられた価値が高ければ高いほど、販売時点の収益が繰り延べられることになる。
1999年第4四半期にSOP 98-9を採用したことによって、当社は“顧客による享受前の”部分の公正価値を算出する方法を変更しなければならなくなった。全体の枠組みのなかで“顧客による享受前の”部分が占める比率が低下したことによって、ウィンドウズ(Windows)とオフィス(Office)の収益のうち、前受け収益として会計処理した額が減少した一方で、出荷時に認識される収益の額は増加した。
この新しい会計原則を採用する以前のマイクロソフト社の収益認識が非常に保守的であったかどうかは分からない。しかし、同社の会計処理の慣行が、当局が適切と考える水準以上に保守的であったことは確かである。
創作的会計手法の分類
企業の経営者は、創作的会計手法を用いて、その企業の業務実績にする印象を変えてしまうことができる。企業の収益力を不正確に評価することで、当該企業の社債および株式の価格は妥当ではなくなることになる。したがって、企業が報告した財務数値の偽りが明らかになったとき、マーケットは容赦なくこれに反応し、社債と株式の価格は急落する結果となる。本書の目的は、ビジネスマンや投資家など財務諸表のユーザーに、企業が使う創作的会計手法を見破る能力を高めてもらうことである。結果として、読者は企業の収益力を評価する目がこえて、株式および債券投資での失敗を避けることが可能となるだろう。
時期尚早な収益または架空収益の認識
損益計算書における収益とそれが利益に及ぼす直接的な影響の大きさから考えて、多くの場合、創作的会計手法が収益認識から始まるのは驚くべきことではない。事実、財務数値ゲームにおいてほぼ不可欠の構成要素として、時期尚早の収益計上または架空収益の認識があげられる。これは、これまでに引き合いに出した事例の多くが何らかの形で時期尚早の収益計上または架空収益の認識にかかわっていたことからも明らかである。そのような事例において、開示された収益の数値は少なくとも短期間は引き上げられており、それが利益を押し上げ、より高い収益力を印象づける役目を果たした。
強引な資本化と償却期間長期化の方針
収益を底上げするための会計手法を用いるよりも、費用を最小限に抑えることで利益の数値を拡大しようとする企業もあるだろう。これから述べる“強引な資本化(capitalization)と償却期間の延長”というカテゴリーでは、本来なら費用計上されるか、あるいは長期間にわたって償却されるべきであった支出を強引に資本化することで費用を最小限に抑える手法について検証してみよう。
資産・負債の虚偽報告
資産と負債の報告数値の誤りというカテゴリーでは、売掛金や棚卸し資産、投資など、年次償却の対象とならない資産について見ていこう。費用と損失は、これらの資産を過大に評価することで最小限に抑制できる。例えば、売掛金の回収可能性を過大に見積もることによって、貸倒引当金(営業費用)が抑制される。同様に、売れ行きが悪い在庫、あるいは価値が下落し回復の見込みがない投資の評価損の計上を怠ることによって、損失を先延ばしできる。本章で先に挙げた例にセンテニアル・テクノロジーズ社があるが、同社が収益力を高く見せるために行った不正な手法のなかには、売掛金、棚卸し資産、投資の3つすべてについての過大評価が含まれていた。
損益計算書における創作的手法
損益計算書における創作的手法とは、取引の記録方法におけるものというよりは、むしろ損益計算書というフォーマットを使って実態とは異なるレベルの収益力を財務諸表のユーザーに伝えるという手段である。経常外の利得を経常収益項目である「その他の収益」として報告する、あるいは経常費用を経常外費用として計上する企業があるかもしれない。このような手法を用いれば、最終的な純利益を変えずに、経常利益の水準を上げることができる。ひとつの例がインターナショナル・ビジネス・マシーンズ(IBM)社である。同社は、1999年の中間決算報告で、販売費・一般管理費と投資のネットでの利益40億ドルを報告した。結果として、IBM社は営業費用が削減されているという印象を作り出したのである。
キャッシュフロー報告の問題点
企業が高い収益力を示すためには、高い収益の数値を報告するだけではなく、より高くより継続性のあるキャッシュフローを報告することが必要である。キャッシュフロー表は、現金のすべての流れを、営業活動、投資活動、財務活動という3つの構成要素で分けられている。営業キャッシュフローには企業の収益性が表されるため、キャッシュフロー表の合計額の水準が高いほど、その企業の収益力が高いといえる。
本書のプラン
先に述べたように、本書の目的は、ビジネスマンや投資家など財務諸表ユーザーに、企業が用いる創作的会計手法を見破る能力を高めてもらうことである。結果として、読者は企業の収益力を評価する能力が高まり、株式および債券投資での失敗を避けられるようになるだろう。この目的のために構成した各章の内容は次のとおりである。
まとめ
本章は、ほかの章に先立ちこの本全体の構成を示している。この章で挙げた要点は次のとおりである。
■訳者まえがき
エンロン事件発覚以降、透明性が高いとされていた米国の企業情報開示において、いかに問題が山積していたかが明るみに出た。本書はこの問題がまさに発覚した時点で出版されたものである。したがって、その後に発行されたほかの多くの書籍と違い、直接的にエンロン問題に触れていることはないが、それゆえ、よりニュートラルに会計不正及び“創作的”会計手法について例示、分析しているといえよう。
無論、同事件以降、当局の規制もさらに強化され、監査法人に対する監視の目もかつてないほどに強くなっているわけだから、本書に挙げてある多くの例のうち、あからさまな、いわば初歩的ともいえる誤った会計報告がそのまま繰り返されることはもはやないだろう。それでもなお、過去においてなされた“創作的”会計手法について知っておくことは有意義だと考える。なぜならば、企業側の利益管理に対する動機とその強さを理解することは、規制の強化に伴い今後はより分かりにくい形で行われていくであろう“創作的”会計手法について探知する手がかりとなるからである。
本書を読み進むと、財務報告における種々の区分のみならず、財務諸表上に掲示される個別の勘定科目の構成要素はわれわれユーザーが想像する以上に恣意的に判断され、企業ごとに、また、同一企業であっても期間ごとに、似て非なるものになっている可能性がいかに高いかということを再認識させられる。このような状況下、アナリストや投資家などの財務諸表ユーザーは、財務諸表上に表示される表面的な勘定科目の分析を超えて脚注部分をより詳しく分析するとともに、今後は今まで以上に突っ込んだ取材などを通して個別数値の意味するところを読み取っていかねばならないだろう。例えば、予想に反して好業績であった場合は、本当にポジティブサプライズであるのか。あからさまな会計不正ではなくとも、“創作的”会計手法によりGAAPの範疇を逸脱することなく、長期的な形で膿を出すような処理がされていないか。こうした事態を発見し、実情について正確に判断を下すには、かつて行ってきた以上に、より詳細な脚注等の分析調査を行わなければならないだろう。
なお、本書を読むに当たっては、章を順に追っていくのももちろんよいが、実務家においては、第1章において全体を概観した後、具体例が詳細に述べてある第6章以降を読み進み、最後に第2章以降で全体を復習、創作的会計に対する実務家のスタンス、当局の取り組みを見ていくのもまたひとつの読み方であろう。■まえがき
財務諸表のユーザー、つまり投資家および債権者は、一定の頻度で、会計不正の発表に悩まされている。こうした不正は、強引な会計(aggressive accounting)、利益管理(earnings management)、利益平準化(income smoothing)、不正財務報告(fraudulent financial reporting)などさまざまな名称で呼ばれている。これらは、度合いこそ違えど、財務業績をゆがめて伝え、似たような結果をもたらす。つまり、重要な投融資判断の基礎となる財務諸表が、不正確で、不適切で、悪質で、誤解を招く、といった性格を持つのである。
スタートアップ企業から老舗に至るまで、取引されているのが、ブルティンボードだろうと大規模取引所だろうと、あらゆる規模、あらゆるタイプの企業が、本書でわれわれが創作的会計手法として包括的にとらえている問題の影響を受けやすい状態にある。これらの行為が発覚すると、修正が必要となり、しばしば過年度の財務諸表が修正再表示され、場合によっては、その修正が一度ですまないこともある。残念なことに、多くの人々がこうした会計問題の存在について知るのは、もはや遅すぎる段階、つまり、収益力の減退による株価急落のあとでしかない。
米証券取引委員会(SEC)は、資本市場が正常に稼動するためには、財務諸表の信頼性と透明性が不可欠であるとの認識のもと、近年この問題を抑制するために、重大な措置をとってきた。SEC前議長は、この問題を「数字のゲーム(numbers game)」と呼び、同委員会が誤っているとみなしている会計手法に対する制裁措置を増やした。SECが新たに設定した制裁の例として、同委員会は、1カ月で個人68人、企業15社に対する措置をとった。
SECの行動は行きすぎで、一般会計原則(GAAP)が許容する柔軟性の範囲内の財務報告手法に対しても異議を唱えはじめたという者もいる。しかし、これは少数意見のようだ。加えて、財務報告において創作的会計手法を採用している企業の問題が増加していることは、SECのディリジェンスの必要性を証明している。そして、この問題は、株価や借入コスト、ボーナスプラン、企業規制などに対するプラスの影響のような、この財務数値ゲームをしようとしている者たちにとって、無視することのできない報酬が存在するかぎりはなくならないだろう。
本書は、その主要な目的を超えて、大局観を示している。一般会計原則に内在する柔軟性を検討し、それがなぜ存在するか、企業が自らの利益のために――あるときはその柔軟性の範囲で、あるときは柔軟性の範囲を大幅に超えて財務報告を行うというように――どのようにそれを活用するかということについて考える。本書は、SECの証券法の執行における役割について検討し、GAAPが内包する柔軟性の範囲を超えたと思われる個々の問題に関して適用された特定の法律を明らかにする。本書は、株式アナリスト、融資担当者、最高財務責任者などの金融プロフェッショナルに対して行った数多くの財務報告慣習に関する見方や、創作的会計手法探知の方法についての調査結果も発表している。調査の結果は必ずしも予想可能なものではなく、どの手法が適切かつGAAPの範囲内で、どの手法が逸脱しているか、またどの手法が実際に詐欺に該当するか、ということに対する判断は、調査対象グループ間のみならず、個別グループ内でも差異があることを示している。
本書は、財務諸表を真剣に利用する人たちに向けて書かれたものである。それは、株式アナリストであれ、投資家であれ、クレジットアナリストであれ融資担当プロフェッショナルであれ、真剣な個人投資家であれ、財務諸表に対する一般的な関心のレベルを超えている者全員に向けられたものである。ここで示した方法は標準的な財務分析の一部となるべきものであり、将来において「これらの数値は意味をなしているか?」という疑問に答えるときに参照すべきものである。■第1章 財務数値ゲーム
広く使われてきたにもかかわらず、あまり変えられることがなかった慣習について話をしてみたい。この慣習とは、利益の管理、つまり利益の操作である。利益の管理のプロセスは、年月を経て市場参加者間のゲームとしての特徴をもつものに進化してきた。このゲームは、早めに対処しなければ、好ましくない結果をもたらすかもしれない。
上記事例のどれもが、形は違えども財務数値ゲームによってもたらされている。ゲームそれ自体は、多くの異なった名前を持ち、そしてさまざまの異なった形をとっている。財務数値ゲームに使われる共通の名称(使われる戦術の範囲による)を、表1.1にまとめた。
財務数値ゲームには多くの異なった名称があるが、このゲームの参加者の目的はただひとつ、決算の数値に表れる会社の実績について実態とは違う印象を与えるものにすること、である。会社の実績について、ビジネスマンや投資家などの財務諸表のユーザーが抱くであろう印象を変えてしまうことで、この財務数値ゲームを行う会社の経営陣はある意味で真に望ましい結果を求めるわけだ。
強い収益力と利益の増加が期待されていたセンテニアル・テクノロジーズ社の株価は、1996年12月30日に58.25ドルの最高値をつけた。しかし、この企業を将来有望であると見せかけていたものは、多くの創作的会計手法であった。同社は、収益の数値、さらに売掛金、棚卸し資産、投資などの資産項目の数値を水増しするという方法をとっていた。株価のピークから2カ月たって、会社の本来の財務状態が明らかになると、株価は95%も下落した。
1997年から1998年初めにかけて、ツインラブ社の株価は、驚くほど上昇した。1997年初めには、12ドルを若干下回る水準だった株価が、1998年7月には40ドルという高値にまで上昇したのだ。しかし、この間、投資家たちが期待していたすばらしい業績は、まったくもって実態のないものだった。その後、同社は、「一部、期中に出荷が完了していない受注分まで売上計上していた」という理由で、1997年の1年間および1998年の第1〜第3四半期の業績を修正すると発表した。1998年末までには、ツインラブ社の株価は1997年初めの株価水準だった12ドルまで下落した。
シルバン・ラーニング・システム社は、1997年のナショナル・エデュケーション社買収断念に当たり2850万ドルのブレーク・アップ・フィー(買収不成立時の違約金のようなもの)を受け取った。その後、シルバンはブレーク・アップ・フィーとして受け取った資金に対する所得税支払いを回避するため、その資金で非営利企業を2社設立した。つまり、シルバンの収入と結びつけられた課税所得が新たに設立された非営利企業への寄付として相殺される形をとったわけである。しかし、この非営利企業2社は、シルバン・ラーニング・システム社と結びついていた。シルバン・ラーニング・システム社の宣伝、さらにソフトウエアのトレーニングや学習プログラムのプロモーションなど、シルバンのマーケティング活動にこの非営利企業が貢献したのである。本来ならば、シルバン・ラーニング・システム社によるこれらのプロモーションにかかる経費は、シルバン社の損益計算書のなかで経費として報告されなければならない。しかし、シルバン社は、この仕組みによって、マーケティングおよび販売促進に関する経費を損益計算書に載せることを回避し、税引き前利益を引き上げることができた。
1998年1月から7月までの間に、シルバン・ラーニング・システム社の株価は、20ドル前半から30ドル後半まで上昇した。通常とは異なる財務報告のスキームは、この株価上昇に一役買ったのかもしれない。しかし、自らが設立した非営利企業との間で行われたさまざまな操作が明るみに出たとき、シルバン社の株価は20ドル近くまで急落した。
このように形や規模は異なるものの、センテニアル・テクノロジーズ社、ツインラブ社、そしてシルバン・ラーニング・システム社を舞台に、財務数値ゲームが行われた。このゲームが行われている間、そしてそれが明白になる前は、3社すべてが自社の株価上昇およびより高い株価によって恩恵を受けたのである。株価上昇は少なくとも部分的には、当該企業が発表した業績が示唆していた高い収益力に起因するのかもしれない。上記3社についていえることは、会計上の不当な操作が明るみに出たときに、株式市場がいかに厳しく反応するかということである。
投資家も利益変動がより小さい企業の株を探しもとめ、最終的に高い値段を払うのである。利益変動が小さければ、その企業の収益動向が確かなもので、リスクが低いような印象を与えるからである。財務数値ゲームは利益変動を小さくするという目的で使われることがある。というのも、それが結果として株価上昇につながるからだ。
ミニスクライブ社の売上高は、1982年度には500万ドルをわずかに上回る程度だったが、1985年度にはおよそ1億1400万ドルまで伸びた。しかし、当該企業が継続的に営業損失を計上していたために、利益については分かりにくい状態だった。1986年に、ミニスクライブ社が売上高1億8500万ドルおよび営業利益2400万ドルを計上したことから、同社の財政面での転機が訪れた。このタイミングは完璧だった。なぜなら、ミスクライブ社は、その最新の財務諸表を強みに、9800万ドルにのぼる社債発行を成功させたからである。
ミニスクライブ社の社債を購入した投資家は不運だった。改善されたかに見えた同社の財務数値のほとんどが、収益の数値を引き上げるための架空の出荷、あるいは経費を減らすための準備金のごまかしなどの操作によって粉飾されたものであった。同社が報告した1986年の純利益は2270万ドルであったが、これはその後、1220万ドルと大幅に修正再表示された。でっちあげの財務数値なしには、同社の社債発行があのような成功を収めることはなかっただろう。この大失態による影響から抜け出せず、ミニスクライブ社は破産保護申請を行い、1990年に資産を売却した。
ミニスクライブ社は公開企業で、社債を発行していた。低金利で社債を発行できるという効果を含めて、創作的会計手法によって得られる一時的な恩恵はこの例においても明らかだった。資金を借り手である企業にとって、財務数値ゲームによって得られるもうひとつの潜在的利益は、財務制限条項の緩和である。資金の借り手は、公開企業であるか非公開企業であるかにかかわらず、この恩恵を受けることができる。
資金の借り入れ契約をする場合、通常、借入契約条項(借り手企業の業績をモニターし、企業の行動を拘束する目的で、借り入れ契約に含められる条件)が、債権者保護のために設定される。ポジティブ制限条項(借り手が積極的に行わなければならない事項を指定する制限条項)は、企業の財務指標に、クリアすべき下限もしくは上限を設定している。例えば、肯定的制限条項で、流動比率(流動資産合計を流動負債合計で割って求める)の下限を2、負債比率(負債合計を自己資本で割って求める)の上限を1、もしくはインタレスト・カバレッジ比率(通常は、所得法人税および減価償却費用を控除する前の収益を金融費用で割り、これが何倍になっているかを見る)の下限を5倍、というような条件がついている場合、借り手がこれら制限条項にある基準を達成できない場合は、条項違反となる。このような違反があった場合、一時的あるいは永久に借り入れ契約を停止されるかもしれない。あるいは、条項によっては、違反した場合には貸出金利の引き上げや担保・保証の請求、極端な場合は貸し付け終了の期日を早めるなどというものもある。
ネガティブ制限条項は、貸し手のために、借り手である企業の行動を縛ることである。ネガティブ制限条項には、企業の追加借入に対する制限、配当制限、企業買収の制限などがある。
創作的会計手法によって、財務制限条項の制限緩和に関して直接的な役割を果たすことができる。収益数値を引き上げるような会計手法を用いることによって、利益、流動資産、自己資本の数値が増大し、場合によっては負債の数値が減少する。このように企業業績と財務状態に意図的に手を加えることで、前述したような流動比率、負債比率、インタレスト・カバレッジといった財務指標を必要なだけ、あるいはそれ以上の水準にまで改善することができる。費用の数値を減らすための会計上の操作も同様の効果がある。創作的会計手法が企業の表面上の財政状態を改良し、結果として、既存の財政契約条項の制限が緩和されるのである。
サブプライム融資会社(信用度の低い顧客に高い金利で貸し出す金融機関)であるグリーン・ツリー・フィナンシャル社のローレンス・コス会長のボーナス制度ほど有利なものはなかった。コス会長のボーナスは、グリーン・ツリー社の税引き前利益の2.5%を受け取るというものであり、非常に高額のボーナスが一個人に支払われていた。ボーナスは自社の株式で現金相当額を受け取るというものであった。しかし、コス会長に渡されるグリーン・ツリー社株の数量を計算するために用いられた株価は、支払われる金額を増やすため、およそ3ドルという考えられないほど低くかつ固定された水準に設定されていたのだった。例えば、1996年に、グリーン・ツリー社の株価は20ドルから40ドルのレンジで取引されていた。その年に3000ドルのボーナスを受け取るとすれば、同社の株式が1000株買える計算になる。同社の株式を30ドルで売却した場合、3000ドルだったボーナスは実質3万ドルの価値を生むことになる(1000株×市場価格30ドル)。
1994年度、1995年度、1996年度のグリーン・ツリー社の税引き前利益はそれぞれ、3億21万1000ドル、4億962万8000ドル、4億9796万1000ドルであった。この3年間で、税引き前利益の2.5%で計算されたボーナスの額は、それぞれ755万3000ドル、1024万1000ドル、1244万9999ドルになる。しかし、コス会長は、実際には、1994年には2850万ドル、1995年には6510万ドル、1996年には1億200万ドルのボーナスを株式で受け取ったことになる。このような数字を検証すると、会社の税引き前利益の数値を引き上げるために創作的会計手法を用いた強い動機がはっきりと読みとれる。
グリーン・ツリー社のビジネスは、消費者に貸し付けを行い、その貸付債権を多数集めて債権プールを作り、そこから生じる金利を資産担保証券(asset-backed securities)の形で投資家に販売するというものだった。グリーン・ツリー社は、資産担保証券の販売代金を受け取り、その後、投資家との間で同意されている金利を支払うことになる。同社が保有する消費者ローン契約を担保にした証券を販売したとき、同社はその資産担保証券の裏付けとなっている消費者ローンから得られる金利収入および投資家に対して同社が支払う金利について見通しを立て、この予想ベースで計算した同社の得るべき金利収入を収益としてすぐに計上した。しかし、本来、資産担保証券の裏付けとなっているローンから得られる金利収入は、金利の変動、ローンの期前返済、貸し倒れ償却の予想といった要因に敏感に反応する性質があるため、見通しを立てることが難しい。グリーン・ツリー社は金利収入の見通しについて強気の姿勢をとっていたため、同様にローン担保証券の販売におる営業利益についても高く見積もった数値を報告していた。
1997年になって、グリーン・ツリー社は、消費者ローンの期前返済についてそれほど強気の見方をしなくなった(当初の予想より、期前返済が増加すると予測した)。よって、同社は1996年の税引き前利益を以前発表していた3億870万ドルから1億8470万ドルに修正再表示した。この結果、コス会長は1996年のボーナスとして受け取ったグリーン・ツリー社株の相当な部分を返すこととなった。
レズリー・フェイ社のボーナス制度も、決算で企業が報告する利益の数値に、創作的会計手法を用いたいという動機を経営者に与えるものだった。同社の1991年のボーナス制度は、同社の純利益が1600万ドルを超えた場合においてのみ、重要ポストについている役員・従業員にボーナスが支給されるというものだった。もし純利益がこの額に達しなければ、ボーナスはゼロだった。
レズリー・フェイ社の一部経営陣を疑わしい行動に駆り立てたのがこのボーナス制度であったかどうかは明らかではない。ただ結果として明確なことは、同社の1991年および1992年の利益のほとんどが捏造された数値であったということである。この事実が明からになるまで、同社の経営陣は、実際の財務数値を発表していたら得られるはずがなかったボーナスを享受したのである。
近年、非常にはっきりと当局のスポットライトを浴びてきた企業がマイクロソフト社である。マイクロソフト社はパーソナル・コンピューター・オペレーティング・システムの市場においておよそ90%の市場占有率を誇っているが、それが独占禁止法に違反していないと主張して米国連邦裁判所で敗訴した。1970年代の石油会社のように、より低い利益の数値を報告することで、実際にマイクロソフト社の利益とすることができたのである。マイクロソフト社の会計方針を検証してみると、同社が非常に保守的な姿勢をとっていたことが分かる。
例として、ソフトウエア開発費の会計処理を見てみよう。後段で詳しく述べるように、ソフトウエア開発費にかかわる会計方針において、技術的フィージビリティ(設計仕様に対応するソフトウエアの製作が可能かどうかの判断)以前の発生原価は費用処理し、それ以後の発生原価は資産に計上しなければならない。興味深いことに、マイクロソフト社はソフトウエア開発費の100%を費用として計上しており、資産計上している額はゼロである。同社の研究開発費(R&D)は主としてソフトウエア開発費であるが、その合計額は、1997年は18億ドル、1998年は26億ドル、1999年は30億ドルであり、各年の研究開発費を除く営業収益のそれぞれ28%、29%、23%に相当する。これらの額を費用計上することによって、同社の利益が縮小される。それが、同社の収益性を下げ、期待される効果、つまり当局の監視の的になる可能性を下げることになる。
マイクロソフト社は、前受け収益、つまりすでに支払いを受けていながらも利益としては認識されていない収益についても保守的な会計処理の手法をとってきた。同社は、このような前受け収益を貸借対照表の流動負債として報告した。前受け収益の計上についてこのような会計方針を用いる理由を、同社は次のように説明している。
マイクロソフト社の収益の一部は、製品のライフサイクル、また製品が購入された場合にはそのライセンス契約期間にわたって適正に繰り延べされている。エンドユーザーはその期間にわたって、当社製品の効用を授受しているからである。これらの要素はブラウザ技術と技術的なサポートを含んでいる。したがって、マイクロソフト社の収益計上は、製品のライフサイクルの期間におけるこれらの要素の正しい価値を認識し、反映している。
マイクロソフト社は、この方針を用いて著しい額の収益を繰り延べた。同社の貸借対照表で開示された前受け収益の額は、1997年の14億ドルから1998年は29億ドルへ、さらに1999年には42億ドルに上昇した。しかし、1999年の後半になって同社は新しい会計方針を採用し、繰り延べ収益の算出方法を変更した。新しい会計方針を採用する理由を同社は次のように説明した。
ひとつあるいはそれ以上の創作的会計手法が用いられているかどうかを検証するとき、実務的な分類スキームが役に立つ。このようなスキームは、財務諸表のユーザーにとって、公表数値を表面的に見ただけでは見いだせないような、企業の収益力を表す項目を探すことに焦点を絞る指針とヒントを与えるだろう。
ここで使用される分類スキームは、収益、費用、資産および負債の指標に基づくグループから始まる。計上時期が早すぎる収益または架空収益の計上、積極的な資本化と償却期間の延長という方針、資産と負債の報告数値の誤りである。さらに、損益計算書とキャッシュフロー表の作成に用いられる創作的会計手法について追加の分類を設けている。これらの分類は、「損益計算書における創作的会計処理」および「キャッシュフロー報告の問題点」として挙げている。
これらの5つのカテゴリーが、現在、財務諸表で使われる創作的会計手法の種類を表すために必要な詳細を提供するだろう。これらのカテゴリーは、使われている会計手法の名称になっていて、たとえそれらの手法が、積極的な会計処理の結果であろうとなかろうと、また、「一般的に認められている会計基準(GAAP-generally accepted accounting principles)」の枠を超えていようがいまいが、あるいは不正財務報告の結果であるか否かに関係なく適用されている。分類スキームを表1.3でまとめたが、さらに詳しく検証していこう。
時期尚早な収益認識とは、ある期間の売り上げを、GAAPで定められている収益計上時期よりも早く認識することである。対照的に、架空収益の認識とは存在しない売り上げを収益として認識することである。しかし、積極的な会計処理と不正財務報告との違いが灰色であるように、この両者の違いを明確にすることは難しく、程度の問題であるといえるだろう。
発注商品が出荷された場合、もしその商品が港の出荷用ドックを離れていなくても、収益として認識されるかもしれない。このような行為は、計上時期が早すぎる収益の認識に結びつく。より強引な会計処理の場合、予想される発注に基づいて、発注前に商品を発送し収益認識がなされるかもしれない。われわれの見方からすれば、発注がないのだから、このような行為は架空の収益認識に結びつくものと考えられる。しかし、財務諸表ユーザーの多くは、収益の認識についてもっと目に余るような会計処理が行われている場合にのみ、それを軽蔑したり架空の収益であると認識するようだ。次に挙げるのは、発注が期待されない出荷の売り上げを計上した例と、さらにひどいケースで、実在しない出荷の売り上げを計上した例である。
この分析においては、時期尚早な収益認識と架空収益の認識の違いについて注意を払うより、この両方のケースで、本来加えられるべきではなかった収益が損益計算書で報告されていることを確認するほうがより重要である。なぜなら、収益力に対する期待にも影響が及ぶからである。
ミディソフト社は1994年のその年次報告のなかで、収益認識に関する会計方針を次のように説明した。「ディストリビューター、ほかの再販業者およびエンドユーザーに対する製品の販売による収益は、製品の出荷時に認識される」この会計方針は、文字どおり見込まれる収益にかかる会計処理の点においても、GAAPに沿ったものであったが、2つの点で同社の収益認識方針は適切ではなかった。最初の問題点は、時期尚早の収益認識という行為で、ミディソフト社はある会計年度末後に出荷された商品について、本来認識すべき会計年度の前年度の収益として認識していた。もうひとつの問題点は、架空収益の認識行為で、同社はタイムリーベースの出荷、つまり出荷時点では顧客が出荷製品を受け入れ、代金を支払うという確証は何ひとつないものについてまで出荷時点で収益を認識していた。これらの出荷された製品は売り上げ戻り品として返品されたが、ミディソフト社は、出荷時点で返品引当金として十分な額を計上していなかった。このような会計処理によって、同社は1994年の収益をおよそ81万1000ドル、実態の数値より16%過剰に報告していた。
顧客から長期間にわたる契約の前払い金を受け取る企業では、前払い金の認識をその受領した時点まで繰り上げるという手法がとられる場合がある。1998年以前には、ベスタ保険グループは長い間、再保険料収入をそれと関連する再保険契約が結ばれた年に認識していた。それらの契約期間は2年だったことから、本来なら再保険収入を契約期間にわたって繰り延べて認識すべきであったが、ベスタ社は上記の会計方針を適用していた。結果として、1995年から1998年の第1四半期までに、同社の収益と株主資本の数値は累計で7520万ドル過剰に報告された。
計上時期の早すぎる収益と架空収益の計上は、積極的な会計処理および不正な財務報告の事例のなかにしばしば登場する。このように、収益認識の項目は、財務数値ゲームの手法のなかでも重要なカテゴリーである。
多くの場合、資本化(capitalize)されるべき支出を決めるのは簡単である。例えば、設備を購入し、それを修理するのに支払われる額は、固定資産勘定に計上し、推定耐用年数に基づいて減価償却を行う。しかし、関連する項目のなかには資本化が適切であるかどうか判断がつきにくい複雑な項目がいくつもある。例えばダイレクトレスポンス広告費、ソフトウエア開発費、埋立地取得および開発費用といったものがそうである。
支出が資本化されると、それは推定耐用年数にわたって償却される資産となる。より保守的である費用計上の手法と比較した場合、短期的な収益が増加し、より高い収益力を示すことになる。
アメリカン・ソフトウエア社は、過去においてソフトウエア開発費用を資本化していた。同社の会計処理は、ソフトウエア開発費用(技術的フィージビリティが達成されたあとのソフトウエアのコーディング、検査、製造といった費用を含む)の資本化を承認しているGAAPに準拠している。前述のとおり、技術的フィージビリティは、設計仕様に対応するソフトウエアが製作されたと判断されたときに生じる。しかし、アメリカン・ソフトウエア社によって資本化されたこれらの費用の比率はやや強引な数値であった。同社の年次報告書における開示を見ると、1997年、1998年、1999年の各年4月末において、ソフトウエア開発費の736万3000ドル、1211万2000ドル、1151万1000ドルを、それぞれ資本化している。また、同期間において、同社はすでに資本化されたソフトウエア開発費用のうち、470万ドル、670万6000ドル、610万4000ドルを償却している。資本化された費用の額と償却された額との差異、つまり1997年度は266万3000ドル、1998年度は540万6000ドル、1999年度は540万7000ドルが、それぞれ各年度の税引き前利益を押し上げていたことになる。しかし、1999年4月30日締めの会計年度において、アメリカン・ソフト社は、「資本化されたソフトウエア・プロジェクトの回収可能性に対する継続的な評価」の結果、資本化されたソフトウエア開発費のうち2415万2000ドルを償却した。同社が資本化したソフトウエア開発費の額は、一般的な方法によって会計処理され得る額より明らかに大きかったため、同社はそれらの資本化された費用を償却する必要に迫られたわけである。しかし、その償却に至るまでの数年間、同社の資本化会計方針が、開示される収益の数値とその表面的な収益力を押し上げていたことが分かる。
買収前のチェンバース・ディベロップメント社の業務は、ゴミの収集、運搬と廃棄、ゴミ処理場の建設と維持管理であった。1989年から1990年までの間、同社はおびただしい額の埋立地開発費用を資本化した。一般会計原則では、予想される収益に基づく将来の費用の実現が慎重に考慮される場合においてのみ、資本化が可能となっている。しかし、チェンバース社のケースでは、資本化される費用の額を決めるに当たり、将来の実現は考慮されていなかった。その代わりに、チェンバース社は、あらかじめ設定した利益率の目標値に基づいて費用および資本化する額を計算していた。結果、同社の利益の数値が上がり、実態よりも高い収益力を示すことになった。事実、資本化に関する同社の方針は、本来ならば損失(loss)であっただろう決算を利益があったかのように変換するというものだった。SEC(米証券取引委員会)によって提供された数値を見ると、チェンバース社の1989年および1990年の税引き前利益は2710万ドルと3440万ドルであった。埋立地開発費用の不適切な資本化を修正再表示したあとの業績数値は、税引き前損失で1650万ドル(1989年)と4060万ドル(1990年)だった。
費用を削減して収益を上げるために用いられるもうひとつの手法は、すでに資本化されている費用の償却期間の延長である。この手法は、不動産、工場、設備などの固定資産、また前述したような資本化されたソフトウエア開発費、埋立地開発費用などを含む資産に用いられるだろう。
本章の初めに例として挙げたウエイスト・マネジメント社は、35億4000万ドルにものぼる特別損失を計上したが、それは十分な速度で減価償却されていなかった固定資産を償却するためであった。同社は、固定資産の見積もり耐用年数を短くすることを含む、新しくより保守的な会計手法を採用した。ウエイスト・マネジメント社やほかの例で見られるように、積極的な費用の資本化、あるいは償却期間の延長によって収益を引き上げる手法は、創作的会計手法のひとつのカテゴリーとしてまとめられる。
また、このカテゴリーに含まれているのが、収益を上げるために負債を過小に報告するという手法である。マイクロ・ウエアハウス社のケースでは、同社の処理は誤りから生じたもので明らかに意図的なものではなかったが、買掛金と売上原価との直接的なつながりは明らかであった。同社は、棚卸し資産と買掛金を過小に報告することで、売上原価を過小に報告し、営業利益を累計で4730万ドル過大報告していた。開示される収益を上げるために、過小に報告されるかもしれないその他の負債としては、未払い費用、環境問題対応費用、デリバティブ関連の損失などが考えられる。売掛金や棚卸し資産、投資など、年次償却の対象とならない資産に加えて、これらの負債のすべてが、創作的会計手法のひとつのカテゴリーとなっている。
そこで、営業キャッシュフローを向上させるために、企業は営業費用を投資あるいは財務項目として分類するかもしれない。同様に、投資または財務による現金の流入を営業項目として分類するかもしれない。このような手法が、トータルで見た現金の流れを変えることはないだろう。
ソフトウエア開発費を資本化した企業は、ほとんどの場合、資本化した額を投資によるキャッシュの流出として報告しており、営業の項目からは切り離している。したがって、アメリカン・ソフトウエア社が行ったように、ソフトウエア開発費の大部分を資本化した企業は、ソフトウエア開発費を100%あるいはそれに近いレベルで費用として計上した企業に比べると、報告される営業キャッシュフローの額は高くなるだろう。興味深いことに、アメリカン・ソフトウエア社のような企業が、資本化したソフトウエア開発費を後に償却する場合、結果として生じる非現金費用は営業キャッシュフローに影響しない。
キャッシュフロー報告に関する特定のガイドラインが、誤解を生むような営業キャッシュフローの額を作り出しているかもしれない。例えば、営業活動によって得られた現金には、非継続事業の営業利益項目から生み出された経常外のキャッシュフローを含む。また、すべての所得税は、投資活動および財務活動として適正に分類された項目にかかる税金を含め、営業キャッシュフローとして報告されるといった点である。
キャッシュフロー報告のルールに関する誤解は、一部の企業経営者が営業キャッシュフローを向上させるために用いた手法と結びついて、人の目を欺くようなキャッシュフローの額を生み出しているかもしれない。営業キャッシュフローは、企業業績を評価するときの指標として用いられているが、このような、その有効性の低下をもたらしかねない項目すべてがキャッシュフロー報告に関する問題点なのである。
第2章「ゲームの仕方」では、財務諸表作成者たちが、自分たちが望んでいる結果を得るために使用することができる柔軟性を見ていく。この柔軟性がどのように利用されるのか、また度を超すと時に虚偽の報告に至ってしまう点に焦点を当てる。財務諸表の柔軟性をよく理解すれば、それがどのように誤った方向へと導いていくのかを読者は理解できるだろう。第3章「利益の管理――よく見てみると」では、創作的会計手法のひとつである利益の操作および利益を安定的に計上するためのテクニックについて深く掘り下げて検証する。第4章「SECの反応」では、SECが近年、いかに創作的会計手法の追及に努力を傾けるようになっていったのかを見ていく。しかし、SECの追及がさらに厳しなったとしても、創作的会計手法がなくなることはない。したがって、財務諸表のユーザーは引き続き自らを守っていく必要がある。第5章「金融のプロは語る」では、創作的会計手法を見抜くことに関して、証券アナリスト、CFO(最高財務責任者)、商業銀行、公認会計士、および会計学の研究者など、多くの異なるグループに属する金融プロフェッショナルたちの見方や意見をレポートしている。財務諸表に精通している専門家たちから情報を得ることで、われわれの知識を補うことがこの章の目的である。
第6章から第11章までは、創作的会計手法を見抜くための方法について詳説している。第6章「時期尚早な収益認識または架空収益の認識」では、収益計上時期が早すぎたり、あるいは架空の収益が計上されたりする場合に現れがちな兆候について詳しく述べている。第7章と第8章では、費用と損失に焦点を当てている。第7章「強引な資本化と償却期間長期化の会計方針」では、一定期間にわたって償却される資産に焦点を当てている。第8章「資産と負債の報告数値の誤り」では、定期的な償却および負債に焦点が置かれている。
創作的財務諸表の表示の仕方については、この本の最後の3章のテーマとなっている。第9章「損益計算書における創作的手法――分類と開示」と、第10章「損益計算書における創作的手法――プロフォーマ・ベースの利益」では、利益の報告にスポットを当てており、一般会計原則に準拠した方法と、正式なガイドラインが現在のところ存在していないプロフォーマベースでの利益報告について検証している。本書の最終章である第11章「キャッシュフロー報告の問題点」では、トータルのキャッシュフローが適正に報告されていても、そのキャッシュフローの報告の仕方によっては、経常キャッシュフローの数値に対する印象を変えることができることが述べられている。まとめると、最後の3つの章では、収益力に対する印象を変えるために用いられる、報告のフォーマットの創作的利用法に注目している。
創作的会計手法のこれらのカテゴリーについては、各章で詳しく検証する。
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