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ウィザードブックシリーズ Vol.125

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アラビアのバフェット
"世界第5位の富豪" アルワリード王子の投資手法

2007年8月中旬発売
ISBN 978-4-7759-7092-8 C2033
定価本体1,800円+税
四六判 622頁 (DVD 50分付き)

著 者   リズ・カーン
訳 者   塩野未佳

トレーダーズショップから送料無料でお届け =====関連ニュース 2010.11.24=====

[サウジのアルワリード王子がGMに410億円投資]

AP通信によると、アルワリード王子が米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)の株式1%分に相当する5億ドル(約400億円)分を購入。
投資決定の理由としては、GMのブランド力、実績、さらには今後の新興市場などへの成長期待を込めたものだという。

 詳細⇒YUCASEE MEDIA


目次 | 著者 | 投資会社キングダムホールディング | 掲載されました | 読者のご意見 | 関連書籍
付録 アルワリード王子のドキュメンタリー番組を収録したDVD

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アルワリード王子とチャールズ皇太子


ジョン・リード シティグループ前会長



ユーロディズニー、アップルコンピュータ、ヒューレットパッカード、ペプシコーラなども投資先として知られる





王子の投資ポートフォリオ

アルワリード王子の投資会社、キングダムホールディング Kingdom Holding Company http://www.kingdom.com.sa/ が投資するグローバル企業の一例。(2007年8月現在)


フォーシーズンズホテル
CA:FSH Four Seasons Hotel Inc
1987年-2007年


アップル
AAPL Apple Inc
1982年-2007年


シティグループ
C Citigroup, Inc
1987年-2007年


ヒューレット・パッカード
HPQ Hewlett-Packard Co.
1971年-2007年


デル
DELL Dell Inc
1989年-2007年


ニューズ・コーポレーション
NWSA News Corp
1995年-2007年


P&G
PG The Procter & Gamble Company
1971年-2007年


ペプシ・コーラ
PEPSICO PepsiCo, Inc
1971年-2007年


モトローラ
MOT Motorola, Inc
1971年-2007年


イーベイ
EBAY Ebay Inc
1998年-2007年


サックス
SKS Saks Inc
1988年-2007年

(チャート:Bigchart.com)

掲載されました

■世界一高層ビル建設を発表

アルワリード王子は、サウジアラビアのジェッダに、世界一高い1000メートルの高層ビルを建設する計画があると明らかにしました。(建設費用は40億ドル)

■日経ヴェリタス 08年7月27日

サウジの投資家アルワリード王子
「アフリカ投資ファンド
3億2500万ドル調達」


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■テレビ東京系「ガイアの夜明け」

日経スペシャル 「ガイアの夜明け」〜中国バブルの行方とオイルマネー〜(2008年3月11日放映)番組内でアルワリード王子が取材されました。

■日経新聞 2008年3月8日

日経新聞 2008年3月8日付 9面、サウジアラビア通貨庁総裁ハマド・サウド・アルサヤーリ氏へのインタビュー記事欄に「もっと知りたい人は(中略)中でも国際的な投資家として知られるサウジのアルワリード王子を描いた『アラビアのバフェット』」と紹介されました。 [記事全文]

■日刊ゲンダイ 08年1月18日

「米シティを買うサウジの王子の私生活」


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■夕刊フジ 08年1月17日

「米シティを救うサウジ王子とは」


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■朝日新聞 07年10月28日
で紹介されました。


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■週刊東洋経済 07年10月20日特大号
で紹介されました。


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■ネットマネー 07年11月号で紹介されました。


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■日経金融新聞 (2007年7月10日付)

国内最大投資家会社の上場認可 サウジ、市場活性化狙う ――サウジアラビア最大の民間投資会社、キングダム・ホールディング・カンパニー (KHC) は同国の資本市場庁から、新規株式公開(IPO)の許可を得たと発表」と掲載されました。

日経金融新聞07月10日付
クリックして記事を拡大

■クーリエ・ジャポン 2006年#020
「アラブNo.1の富豪王子はシティバンクの筆頭株主」として記事が掲載されました。

クーリエジャポン2006年9月号


フォーブス誌の世界のお金持ちランキング:
The World's Richest People - Forbes.com


しかし、シティコープはリード体制のまま進んだのである。1991年2月に記憶すべき重要な事柄が生じていたことが分かった。サウジアラビアの王子であるアルワリード・ビン・タラール・ビン・アブドゥルアジズ・アルサウドが5億9000万ドルの投資をしたのである。クライスラーにとってカーク・カーコリアンがそうであったように、その王子を逆張り投資法でいう「事情に精通した投資家」のひとりに数えたい。

その王子の1991年2月の投資がシティコープのバランス・シート上で大きく増加した。それが、1990年代後半にシティコープ株を買った投資家に保証を与えたのである。アルワリード王子の投資は、同社の株が再度50%下落し1991年12月の末に8.63ドルの底値を記録する約10ヶ月前に行われたが、その投資は5億9000万ドルという巨額であったので、これを無視することは間違いであった。 (『カウンターゲーム』187頁より)


Forbes』2009年3月1日号
「サウジアラビアの“エネルギー多角化作戦”」の中で、アルワリード王子について触れられています。

forbes09年3月号

超有名企業をサポートする事業家、米最大の外国人投資家など、
サウジの王子の驚くべき投資家人生!

オマハではわたしが“アメリカのアルワリード”と言われているのです
――バフェットからアルワリードにあてた1999年6月15日付の手紙より


バフェットがリスペクトする米以外で最も成功した投資家、アルワリード本の決定版
この1冊でアルワリードのすべてがわかる
3万ドルを230億ドルにした「伸びる企業への投資」の極意

世界第5位の投資家が明かす成長し続ける企業・経営者の資質とは
徹底した「底値買い」、そしてひたすら「バイ・アンド・ホールド」!

「世界第5位の大富豪」の素顔とは……

 アルワリード・ビン・タラール・ビン・アブドルアジーズ・アルサウード王子ほどユニークで不可解、かつ華麗な人物はいない。世界第5位の大富豪――資産総額は約240億ドル――の半生をつづった本書は、銀行から比較的少額を借り入れて起業し、シティグループやウォルト・ディズニー、アップルコンピュータ、フォーシーズンズ・ホテルズといった超有名ブランドをサポートする一大企業帝国を築き上げた事業家の物語である。中東では知らない者はないほどのアルワリードだが、アメリカでは最大の外国人個人投資家であり、アメリカ人のライフスタイルにかかわるほぼすべての業種に触手を伸ばしている。投資の神様ウォーレン・バフェットと同様、明確な戦略を基に投資を継続して大成功を収め、ウォール街から注目されるようになった。この公認の伝記は、実に興味深く見識に富んでおり、国際ジャーナリストでテレビキャスターのリズ・カーンが、次のようなテーマを中心に、挑発的なこのビジネスの天才をよく知る人々が彼をどう見ているのかを浮き彫りにする。


億万長者としての生活、そしてジェット機で世界中を飛び回る生活とは別に、アル ワリードは砂漠の遊牧民と密接かつ精神的な関係を保っている。テントやラクダ、ラ イフル銃を担いだベドウインの世界、そしてリムジンとデザイナーズブランドであふ れ返ったウォール街の貪欲でせかせかしたホワイトカラーの世界。王子は2つの世界 をまたに掛けているのである。

頭脳明晰で魅力的、また異常とも思えるほど勤勉でよく働くこの億万長者の素顔が、家族や側近、そしてサンディ・ワイルやルパート・マードック、ジミー・カーターといった超有名人を含む親しい仕事仲間への踏み込んだインタビューからつまびらかにされている。

本書は、このたぐいまれなる人物――世界経済に圧倒的な存在感を放ち、中東と西欧を結ぶ最高の架け橋になれる21世紀の使者――の素顔を浮き彫りにしたものである。


本書への賛辞

シティバンク救済にアルワリード王子がどうかかわるようになったのか、その話を 改めて読み直してみると実に興味深い。今のところ、その全容を知る者は少ない。ド ラマチックな展開が見事に描かれており、状況が手に取るように伝わってくる本だ
――サンディ・ワイル・シティグループ会長兼CEO

本書は中東での王子の慈善活動や民主化支援についても触れており、とても読み応 えがある。
王子は東西文化の素晴らしい架け橋だ

――ジミー・カーター米元大統領



フォーブス世界長者番付・億万長者ランキング 2010年(世界編)
名前順位概要資産(10億$)
  カルロス・スリム1テレフォノス・デ・メヒコ(メキシコ)53.5
  ビル・ゲイツ2マイクロソフト(アメリカ)53.0
  ウォーレン・バフェット3投資家(アメリカ)47.0
  ムケシュ・アンバニ4リライアンス・インダストリーズ(インド)29.0
  ラクシュミ・ミッタル5ミッタル・スチール(インド)28.7
  アルワリード・ビン・タラル19投資家(サウジアラビア)19.0




著者紹介

リズ・カーン(Riz Khan)
リズ・カーンは著名なフリーのテレビキャスター兼ジャーナリスト。CNNインターナシ ョナルに8年間在籍し、「リズ・カーンのQ&A」という看板番組の司会を務めた。この 人気番組では、ネルソン・マンデラやダライ・ラマ、ヒラリー・クリントン、コフ ィー・アナン、トム・クランシー、リチャード・ギアなど、そうそうたる世界の指導 者やニュースの主役にインタビューしている。CNNでアンカーを務める前は、BBCワー ルドTVのトップアナウンサー。国際ジャーナリストとしても、とくに中東に主眼を置 いた幅広いドキュメンタリー番組にかかわっている。


原書:
Alwaleed : Businessman, Billionaire, Prince by Riz Khan




目次

まえがき ジミー・カーター元アメリカ合衆国大統領

はじめに

第1章 ビッグニュースになる
第2章 幼少期の王子
第3章 ブラックゴールドラッシュ
第4章 成功への意欲
第5章 視野を広げて
第6章 王子、キングダム、そして経営難のシティ
第7章 シティの壁を越えて
第8章 家族との時間
第9章 大家族
第10章 ビジネスの王国
第11章 アラブ人とアメリカ人
第12章 東西の架け橋になる
第13章 祈りの呼び掛け
第14章 貧しき人に扉を開けて
第15章 掘り出し物を狙う億万長者のライフスタイル
第16章 政治という仕事
第17章 砂漠のプリンス

謝辞
補遺
訳者あとがき


まえがき  ジミー・カーター米元大統領

成功した事業家、思いやりのある慈善家、そして人権の強力な擁護者たるアルワリード王子。貧困層の救済をはじめ、女性の権利や教育、医療の向上に大いに尽力している。また、アメリカとアラブ世界、イスラム世界との関係強化を目指すカーターセンターの力にもなってくれている。平和で健全で希望の持てる世界を築くというわれわれの活動に協力してくださり、妻のロザリンと共に大変感謝している。


はじめに

 宝くじでも当たらないものか。だれもがそんな夢を見る。

 一〇〇万ドルで計画を立てるのは簡単だ。一〇〇万ドルなら、あまり深く考えずに犹箸辰討靴泙Ν瓩里盍蔽韻世蹐Α

 では、もし狷鶲豸涓ドル瓩△辰燭蕁

 少々厄介な人生になりはしないか?

 これが本書の執筆に取り掛かったころのおおよそのテーマであった。

 著名な大富豪を追跡しているアメリカの経済誌フォーブスによると、二〇〇二年一〇月にわたしがアルワリード・ビン・タラール・ビン・アブドルアジーズ・アルサウード王子殿下との初対面を果たしてから一年後のこと、王子の投資資産は三八億ドル増えていた。一日に約一〇四〇万ドル、一時間に約四三万四〇〇〇ドル――つまり一秒に一二〇ドルと少々――増えていった計算になる(フォーブス二〇〇五年版によると、投資資産は二三七億ドルに膨らんでいる)。

 フォーブス二〇〇四年版の世界長者番付で、アルワリード王子は第四位にランクされていた。この年には五八七人の億万長者が発表されたが、そのうちほぼ半数の二七七人がアメリカ人だった。上位三〇位内に入ったアラブ人はただ一人。だれなのかは言うまでもないだろう!

 数年前、フォーブスはアルワリードを爛咼襦Ε殴ぅ弔房,い農こΔ覇麋嵬椶鳳洞僧呂里△觧業家瓩箸靴鴇匆陲靴討い拭

 ビル・ゲイツやウォーレン・バフェット、ポール・アレンのような人物については数々の著作が出版されているが――全員が世界で五本の指に入る大金持ちだが――、多くは彼らの会社がたどってきた経緯をつづったものか、凡人でもこうして経済的に成功した巨大企業と渡り合っていけそうなビジネスモデルを提案したもの。一方でフォーブスに掲載される億万長者の中には、控えめだったり表に出たがらない性格だったりで、確たる事実や資産額よりもその暮らしぶりに関心が集まる人もいる。

 アルワリードは後者のほうだった。一九九〇年代初頭にはシティコープ――現シティグループ――の筆頭株主に躍り出て金融メディアをにぎわすようになったが、これまで王子の経歴はほとんど明らかにされていない。わたしも多くのキーマンにインタビューをし、過去の細かい出来事を一つずつつなぎ合わせていかざるを得なかった。

 ところがアルワリード王子、この公認の伝記については、シティグループの一部の幹部、なかでも自身のプライベートバンカーであるマイク・ジェンセンを含む幹部らに対し、インタビューに応じ、自身の銀行業務や投資活動、その他の活動についてコメントすることを特別に許可してくれたのである。

 初対面のときには王子が何を考えているのか理解できなかった。実際、ほとんどの人がそういう第一印象を抱くだろう。性急で信じられないほどまめ、そして中東人と欧米人が独特な形で同居しているのがアルワリード王子である。アラブ世界では並外れて人望が厚く、全世界ではそのビジネスが並外れた信頼を集めている。ちまたで目にするもの、触れるものの大半は王子の息が掛かったもの。金融、ホテル、メディア、テクノロジー、小売商品、農業、食品と、枚挙にいとまがない。

 ではこの男、いかにしてこれほどの資産家になったのか?

 だがそれよりも、何が王子をそこまで成功へと駆り立てたのか?

 アルワリードが長者番付に載っているほかの大金持ちと少々違うのは、ビル・ゲイツのマイクロソフトやラリー・エリソンのオラクル、ウォルトン一族のウォルマート・ストアーズなど、世界を制した独創的な製品やサービスで財を築いたのではないということだ。

 もう一つ違うのは、尊敬を集めるアメリカの投資の神様ウォーレン・バフェットと同じやり方で、つまり欧米式のビジネスを展開し、ウォール街で勝って財を築いたアラブ人だということだ――けっしてオイルマネーではない。

 アルワリードは戦略を立てて分散した投資ポートフォリオを組んでいるが、その長期的成果から判断すると、間違いなくアメリカ以外で最も成功している投資家である。

 わたしの目から見ると、アルワリードは紛れもなく地球上で最もよく働く億万長者である。

 しかし、本当の意味でアルワリードを突出した存在にしているのはそのキャラクターだ。

ムスリム、アラブ人、しかも王族ときている。

 その一つを取っても、途方もない憶測や称賛、羨望の的になるには十分だ。

好むと好まざるとにかかわらず、アルワリードは世界で名を成した。ビジネスは桁外れの成功を収めている。普通の事業家にとってはその取引の一つだけでも千載一遇、豊かな老後を過ごせるだけの資金が十分手に入る。

 また、失敗とはあまり縁がないのもアルワリードである。莫大な額を費やすこともあるが、その資産総額からすれば微々たるもの。平然としていられるのである。

 その多岐にわたる投資によって、アルワリードは短い間に何度となく世界で注目を浴びる存在となった。

 アメリカでは経営不振に陥っていたシティバンクを一九九一年に救済してウォール街で頭角を現し、大いに注目されたが、世界で一般に知られるようになったのは、二〇〇一年九月一一日のアメリカ同時多発テロ事件の後にニューヨークに飛んだときである。ところが、ツインタワー基金に一〇〇〇万ドルを寄付したいと当時のニューヨーク市長ルドルフ・ジュリアーニに申し出たものの、同時に発表したプレスリリースのコメントが伝えられるや、その申し出は拒否されてしまった。

 これはアルワリードの半生では大した出来事ではなかったが、メディアが大騒ぎしたことで少々大げさに伝えられてしまった。皮肉なことに、アルワリードの名が欧米人に広く知られるようになったのはこのときである。わたしが本書を執筆しようと思ったのもこれがきっかけだ。実際の出来事を詳述しつつ、こうしたテーマを広い視野で見詰めてみようと思ったのだ。だが、アルワリードの物語はこれだけではない。ほかにも興味深いエピソードがたくさんある。

 多くのイギリス人にとっては、ロンドンのドックランド地区(訳注 ロンドンの中心から東へ八キロ行ったところにある旧港湾地区で、政府主導による世界最大級のウオーターフロント再開発地域)の中心にあるヨーロッパ最大の不動産ベンチャーに巨額を投じて救済した爛ナリーワーフ瓩凌佑任△襦

 イタリア人にとっては、巨大メディアの買収でシルビア・ベルルスコーニ首相と組んだ人、韓国では経済がどん底に陥っているときに救いの手を差し伸べてくれた中東の投資家。

 フランス人にとっては、パリ郊外のテーマパークを金融面で支援した爛罅璽蹈妊ズニー瓩凌諭宗讐子にとってはまだまだリターンが少ない。また、パリの一等地にあるホテル、ジョルジュサンクを買収、刷新し、世界のベストホテルに変身させたことでも有名だ。

 レバノン人にとっては、レバノン人の血を濃く引き(王子の母方の祖父はレバノン独立後の初代首相)、メディアで物議をかもすようなコメントを発表しては政界に波風を立てる、不可解なサウジの王族。もちろん、大物投資家としてもよく知られている。

 そしてサウジアラビアの人びとにとっては、間違いなく国内トップの事業家であり、政府とは距離を置く最も顔が知られた王族だ。

 しかし、彼は単に爛▲襯錺蝓璽畢瓩能淑だ。

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 アルワリード王子の記事を書きたい、テレビ番組でインタビューをしたい、というわたしの当初の思いは、瞬く間に公認の伝記の執筆とその素顔に迫るドキュメンタリー番組の制作へと進展した。陰口やうわさ話は数々耳にしていた。CIA(米中央情報局)のスパイだというものから、ほかの大富豪のマネーロンダリングに手を貸している、シティバンクへの投資で世界的な億万長者事業家の仲間入りを果たしたものの、それだけで終わってしまう一発屋だというものまで、ありとあらゆるうわさが絶えなかった。

 アルワリードはしばらく考えてから、わたしがその生活に踏み込み、周囲の人間と接触することを初めて承諾してくれた。王子の内なる世界をじかに垣間見るチャンスだった。事業家として活動する王子と会い、トップ会談で耳打ちされる戦略について聞くチャンスだった。宮殿の扉を開け、大きなヨットに乗り込むチャンスだった。そして輝かしい企業帝国を築き上げる前の王子を知る人びとに会う絶好のチャンスだった。ジャーナリストとしては、当然断るわけにはいかない仕事であった。

 本書のタイトルは王子と過ごしている間にひらめいたものだが、ワリードという名前の敬称であるアルワリードが一種のブランドになっていることに気がついた。爛▲襯錺蝓璽畢瓩箸いμ樵阿鯤垢い燭世韻如多くのアラブ人は即アルワリード・ビン・タラール王子を思い浮かべるほどだ。

 また、間もなく、アルワリードが事業家としての自分にいかに重点を置いているか、仕事をいかに生活の中心に据えているかがはっきりと分かってきた。事実、王子は自ら起業して億万長者になったのであり、王子という身分も、そのビジネスを中心としたあらゆるものに付いてくる爐まけ瓩覆里任△襦K椽颪離織ぅ肇襪法峪業家」「億万長者」、そして「王子」という言葉を順番に並べたのは、そういう理由からである。

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 世界中をジェット機で飛び回るアルワリード王子は、一日に二カ国を訪問することも珍しくなく、そんな王子に一年以上密着するのは、実はかなりハードだったが、仕事中の王子やくつろいでいる王子の真の姿を目にすることができた。その半生がユニークで類まれなものだと気づくまでに、そう時間はかからなかった。

 また、アルワリードについては、他人がついてこられないことへのいら立ちから鋭い頭の切れが鈍ってしまうこと、外向的で社交的な性格が日和見主義者からひたすら財産を守ろうとする人間につきものの孤独と葛藤していること、息子や娘との打ち解けた関係、温かく親密な関係が、口うるさく細部まで管理する仕事ぶりをことのほか際立たせていることなど、さまざまなことに驚かされた。

 狂信者、テロリスト、そしてオイルマネーで膨れ上がった財布を握った無学で粗野な人間。アラブ人は長い間そうしたステレオタイプ化されたイメージを抱かれることに頭を痛めている。しかし、一九七〇年代のオイルブームのときに自ら墓穴を掘ってしまったのは、そのアラブ人自身なのである。ロンドンやパリ、ジュネーブ、ニューヨークの中心街にある高級ブティックに大挙して押し掛けては、趣味の悪いオーダーメード品を途方もない値段で買いあさっていたのだから。残念ながら、それが長い間に培われ、彼らが今でも払拭しようと躍起になっているアラブ人のイメージなのだ。高等教育を受け、見聞も広い新世代のアラブ人は、欧米風のライフスタイルや趣味、嗜好を信奉し、しっかりと受け入れているのだが……。

 サウジアラビア王国ではさまざまな改革が求められている。サウジの国民もそれに気づいており、改革を受け入れようとしている。アルワリードも声を大にしてその改革を支持してきた。二〇〇三年末までは政治への関心を真っ向から否定していたものの、今では社会や経済の改革者として、場合によっては中東と欧米を結ぶ橋渡し役として、自分に何ができるのかを忌憚なく口にする。

 アラブ世界と欧米世界の関係はすこぶる緊張している。アメリカはイスラムをいぶかしがっているが、そのアメリカは、とくに強硬保守派のジョージ・W・ブッシュ政権が制裁でアラブの地に軍隊を派遣していることから、アラブ世界のほぼ全域でならず者だと見られている。

 その結果起きたコミュニケーションの崩壊は、緊張を高め、万人の生活の質を損ねるばかりか、世界経済にもダメージを与えている。

 アメリカでは外国人として最大の個人投資家であるアルワリード王子。そんな王子は、世界の二大地域を分断している溝を埋めるに当たって影響力を行使できるだけでなく、既得権も手にしている。ここ一年ほどで、王子の方向性には変化が見られるようになってきた。仕事に対してはこれまで以上に意欲的だが――この意欲の源については本書でも述べたが――、今では政治活動家として、また慈善家としても円熟味を増してきた。

 さあ、アルワリード王子のことをもっと知りたくなったのでは?

 たとえ数百万ドルの値が付いていようと、値札には一切目もくれない。そんな王子は神秘のベールに包まれ、ジェット機で世界中を飛び回るライフスタイルはロマンのにおいさえ漂わせている。そうした生活を築き上げ、今も刺激を与え続けているものが何なのか、突き止めた者はほとんどいない……。しかし、それはけっして思っているほど単純なものではないはずだ。

 われわれは疑心暗鬼の世界に生きている。多種多様な文化間、宗教間の隔たりはこれまで以上に大きくなり、互いをいっそう警戒するようになってしまった。

 先に述べたように、財産は別にして、極めて特異なキャラクターの持ち主であるアルワリード王子は、のどかなアラブの伝統文化の世界、テントやラクダ、真っ黒に日焼けし、旧式のライフル銃を担いだベドウインの世界と、貪欲でせかせかしたウォール街の金持ちの世界、大口契約に署名する黄金のペンを手にテーラードスーツを着込んだ投資家たちとリムジンが行き交う世界をまたに掛け、両側からそれぞれを見詰めているのである。

 では、そのやり方、アルワリード王子の生き方とはどんなものなのだろう?

 続きを読めばすぐに分かるだろう。


第1章 ビッグニュースになる

何よりも、まずはサウジ市民として、次に事業家として、最後にサウジ王室の一員として発言している。――アルワリード・ビン・タラール王子


 ジョン・F・ケネディ大統領が銃弾に倒れたときのことを覚えているだろうか。五〇代以上のアメリカ人にそう尋ねると、自分はどこにいたか、何をしていたかを、詳細かつ正確に話してくれる。

 では、二〇〇一年九月一一日にどこにいたかは覚えているだろうか。世界中の人びとにそう尋ねると、ニューヨークの世界貿易センタービルに旅客機が激突したことをどのようにして知ったか――実際にはテレビの映像を見て知ったこと――を興奮しながら詳しく語ってくれる。

 午後四時ごろ、アルワリード・ビン・タラール・ビン・アブドルアジーズ・アルサウード王子は、リヤドの宮殿の自宅から慌てて電話をかけていた。相手は自身の会社の広報担当マネジャー、アンジェド・シャッカー。サウジアラビアのファハド前国王(訳注 二〇〇五年八月に逝去)のおいに当たる王子、実はニュース依存症である。どこにいようが、テレビを一台は必ず目の前に置いている。アメリカに本社を置くCNNが世界貿易センタービルに旅客機が激突したニュースを報じると、アルワリードはそれが事故であることを、テロリストの仕業でないことを祈った。中東が長年経験している紛争のことはよく知っていたが、ニューヨークの人びとがそのときどんな恐怖を体験しているかは想像もできなかった。王子は画面にくぎ付けになり、自分が慣れ親しんだ都市――友人もたくさんいる都市――で起きた大惨事にうろたえた。

 さっそく何か行動を起こさなければと思い立ったアルワリードは、アメリカはどうなってしまうのだろうと考え、無力感に襲われながらも、次なるステップ、とりわけ自分はどう対応すべきかを模索し始めた。

 まずはリヤドの中心街に建設したばかりの高級ショッピングセンターの落成式への出席を取りやめた。こんなときに祝賀行事に出席するなどもってのほかだった。次に、アメリカでは最大の外国人個人投資家として、今回のテロ事件が自分とウォール街との関係にどの程度の影響が及ぶのかを現実的に見極める必要があった。

 自宅にいたアンジェドは、アルワリードからの緊急の電話でテレビのスイッチを入れたことを鮮明に覚えている。王子の会社の国内投資担当エグゼクティブディレクターを務めるタラール・アルマイマンも、ちょうど受話器を握りながら三人で電話会議をしている最中に二機目の旅客機が世界貿易センタービルに突っ込むのを目撃した。

 アンジェドによると、アルワリードはこう叫んでいた。

 「見たか! 何てことだ。ひどすぎる!」

 王子はあの日の午後のことを思い出すと、今でも目を大きく見開きながら早口でまくし立てる。

 「みんな身の毛もよだつようなテロ攻撃をただ見詰めているだけだったが、まず思ったのは、どいつだ、どいつの仕業なんだ、ということだ。即ビン・ラーディンに違いないとピンときたけどね」

 アルワリードはそう言うと、サウジの人間として、アルカーイダの参謀らが世界中を脅威にさらしていることは百も承知だと釈明する。

 騒ぎが収まっても、自分の国だけでなく自分の個人的な関係、仕事上の関係までもが短期的、長期的に計り知れない影響を受ける可能性がある。アルワリードはそう考えた。  「残念ながらね。悪い方向に行くと思ったよ。何が起きたんだってね。ニューヨークのど真ん中でテロが起きたんだよ……。すぐにアメリカとサウジアラビアの密接な関係について考えてみた」

 アンジェドによると、全員が困惑していた。

「全員ショックを受けていましたね。不信感と恐怖と衝撃。あんな事件が起きたわけですから、不信感でいっぱいになって、しばらく凍りついてしまいましたよ。分析などできませんでしたが、すぐに気を取り直そうとしました。でも、やはり実際に起きているんです。映像は現実なんですよね」

 電話で話していたアンジェドにもアルワリードの様子が分かった。

 「すっかりうろたえていましたね。でも、すぐにアメリカの対外政策に大きな影響が出てくるだろうと気づいたようで、声明のようなものを出す必要があるかなと言っていました。アメリカの実業界で最も有名なサウジ人としてね」

 もちろん、アルワリードの頭の中ではさまざまな可能性がすでに音を立てていた。

 週末に砂漠のキャンプで過ごしている間も、王子はあれこれと熟考していた。水曜日の夜はほぼ決まって――サウジアラビアの週末は木曜日と金曜日――、特別に設えられた場所に出掛けていく。リヤドの中心から一時間ほどのところだが、ここだと都会の喧騒を離れて自然と親しみながら、仕事のことやプライベートな問題についてじっくり考えられるのだ。

 当時を振り返りながら、アンジェドはテロ事件後に起きた出来事を語ってくれた。  「王子と一緒に砂漠のキャンプにいたんですが、王子は『アメリカに行って哀悼の気持ちを直接伝えなくては。こんなところにいる場合じゃない』と言うんですよ。すでにハイジャック犯がサウジの人間だというのは判明していましたが、それで王子が行く気になったわけではないと思います。だれが実行犯であれ、行っていたでしょうね。連帯と共感を示したがっていましたし、アメリカ人に哀悼の気持ちを伝えたがっていましたからね。そうする必要があると本気で思っていたんですよ」

 数日後、当時のニューヨーク市長ルドルフ・ジュリアーニがテロの犠牲者と遺族のためにツインタワー基金を設立すると、アルワリードは自らの意思を表明する絶好の手段だと考え、親友でシティグループ会長のサンフォード・爛汽鵐妊瓠Ε錺ぅ襪鯆未靴董∋堋垢板樟槝⇒蹐鮗茲辰拭2子は当時のことをこう話している。

 「ニューヨークには友人がたくさんいるし、投資先企業の大半はニューヨークにある。勉強したのもニューヨークのシラキュース大学だしね。ニューヨークの多くの人びとと親しくさせてもらっているからこそ、ジュリアーニ氏がいる市長舎に出向いて、基金に寄付したいと申し出たんだ」

 その後、アルワリードはテロ事件から一カ月たった一〇月一一日の午前九時からグラウンドゼロで催される追悼式典に招かれた。

 「中東、とくにサウジアラビアには友人がいるんだということをアメリカ人に教えてあげたかったんだ。アラブ人やムスリムは集中砲火を浴びている。あのテロ攻撃の黒幕がだれなのかは以前から分かっていたし、張本人はイスラム過激派だといわれていた。以前オクラホマで爆発があったときも、実際にムスリムとアラブ人に非難の矛先が向けられたけど、あとになってから犯人は白人、クリスチャンのアメリカ人だということが判明したよね。彼らも分かっているんだよ。アラブ世界に同情しているし、理解もある。そのことを確かめたかったんだ。もちろん少数の過激派はいるけど、その少数の過激派のせいで、地域全体が、イスラム世界全体が悪く見られているんだ」



グラウンドゼロ

 早急に旅行チームを召集したアルワリードは、自家用ジェット機でニューヨークに飛んで短時間滞在するための準備に入った。一〇月一一日の前日に到着し、翌朝ジュリアーニ市長と面会したあとでグラウンドゼロで行われる追悼式典に出席し、その後すぐにサウジアラビアにとんぼ返りするという段取りだ。二六時間の旅、地上に降りている時間はわずか半日だった。

 だが、いろいろな意味で、この旅ははなから運に見放されていた。

 アルワリード王子とその一行はアメリカに到着したものの、王子の会社の旅行担当マネジャー、ロバート・エルハージが入国手続きと税関で悪戦苦闘する羽目になった。通常なら事前にすべてお膳立てができており、どこの空港でも王子とその一行はVIP待遇で簡単に通過することができる。リムジンも滑走路で待機しているため、ロバートらがパスポートをまとめて処理して税関を通ると、そのままさっと目的地まで行けるのである。アルワリードも有能な旅行チームを得々としていた。ところが、九月一一日を境に、アメリカでは状況が一変してしまったのだ。

 ロバートは当時のことをこう話している。

 「最後の最後で完全に駄目になりましたね。入管と税関の職員の前で、殿下をVIPとして、王室の一員として通してくれと必死で説得したんですけどね。途中までは何とか順調にいっていたのですが、やはり駄目でした。殿下はむっとしていましたよ」  いつになく入国に手間取ったのは、テロ事件の直後でもあり、アメリカの空港ではセキュリティーが強化され、緊張も目に見えて高まっていたからだった。実際に九月一一日から数日間、政府は空港を閉鎖した。事前準備も万端整っていたし、当局にもきちんと連絡してあったのだが、結局、手続きにてこずることになった。ツインタワー基金に寄付する一〇〇〇万ドルの小切手を携えていったことを考えると、ずいぶんと冷たい扱いであった。

 「そのためにわざわざ行ったんだけどね。ニューヨークの人びととの協調を示そうと思って、ジュリアーニ氏を通してニューヨークの人びとに哀悼の気持ちを表そうと思ってね」

 アルワリードはそう言いながら、自国の要人には自分の気持ちを語ったことを強調した。

 「サウジ政府も全面的に賛同してくれたし、認めてくれた。これはすごく重要なことだけど、サウジ政府はわたしがニューヨークに行って寄付をするのを知っていたんだよ。しかもサウジ当局から感謝されたんだ」

 だがアルワリードは、ジュリアーニ市長がその著書『リーダーシップ』(講談社)の中でも述べているとおり、自分の思いがアメリカの最高権威者の耳にも届いていたということまでは知らなかった。

 「王子を現地に案内すべきかどうか、われわれはホワイトハウスと国務省に相談した。そうすべきとの助言を得たが、それは、王子が合衆国に対して概して友好的で、心の広い人物であるという理由からだった。事件現場を見せて、わが国がビンラディンやアフガニスタンに対して取ろうとしている行動に、好意的見解を持ってもらおうというのがその狙いだった」(『リーダーシップ』[講談社]、表記は原文どおり)

 空港で手続きを終えたアルワリードとその一行は、その足でマンハッタンのセントラルパークを見下ろす格式あるプラザ・ホテルへと向かった。当時はこのホテルの一部も王子が所有していた。一行はそのホテルに一泊し、翌朝グラウンドゼロを訪れる。

 一〇月一一日午前八時、王子とその一行はホテルに迎えに来た市長の補佐官の一人と共に、マンハッタンのダウンタウンへ、がれきから煙が立ち上る現場へと向かった。そこでジュリアーニ市長と面会し、一〇〇〇万ドルの小切手を手渡すことになっていた。有名なニューヨーク市長は、その指導力とビッグアップル(訳注 ニューヨーク市の愛称)の生活条件を劇的に改善したことで国際的にも高く評価されていた。市長の下で犯罪は三分の二ほど減り、毅然とした犯罪対策、いわゆる猗鶸架董淵璽蹈肇譽薀鵐后吠式瓩砲茲辰道堋垢量樟爾楼戝覆塙發泙辰討い拭アルワリードとその一行は被害の大きさに面食らった。がれきや灰からはまだ煙が上っていた。

 「本当に悲痛な気持ちになったね。気が動転したよ。あの恐ろしいテロのことを考えてみたんだが、とにかく三〇〇〇人もが――ムスリムもクリスチャンもユダヤ人も――何の罪もないのに命を落とし、葬られているんだからね。だから自分のわずかな寄付金で、せめてサウジアラビアとアメリカの、さらには東西の、ひいてはキリスト教とイスラム教の間に必ずやできる溝を埋める橋渡し役になりたいと思ったんだ」

 グラウンドゼロでは、ジュリアーニ市長が沈痛な面持ちながらも友好的に迎えてくれた。王子はそのときのことを思い出してこう話してくれた。

 「市長は歓迎してくれたよ。素晴らしい人だった。腰の低い人でね。当時の状況や当面の活動について説明してくれたし、基金の目的についても話してくれた。わたしが市長のお考えには同意見ですと言うと、とても感謝してくれたしね。面会時間は二〇分ぐらいだっただろうか、それから別れたんだ」

 ところが、その会談やグラウンドゼロ訪問についてのジュリアーニの見方は若干異なっており、『リーダーシップ』の中でも次のように追想している。

 「アルワイード王子は豪華な金色のローブで、八人のお付きは黒いローブ姿で現れた。わたしは彼からツインタワーズ基金に、一千万ドルの銀行小切手を受け取った。王子は小さな演壇から現場を見て、大変残念に思う、犠牲者を助けたいと、真っ当なことを述べた。……しかし、どうもしっくりこなかった。王子が薄笑いを浮かべていて、それが側近にまで及んでいるように思えたのだ。現場を見て、心動かされたようすがないのは彼だけだった」(『リーダーシップ』[講談社])

 この見解はジュリアーニが追想として著書に挿入したものだが、こんな見方をするとは不当極まりないと思われる向きもあるだろう。アルワリードもこの本を読んで驚いた。敬意のしるしとしてサウジのフォーマルな民族衣装を着用していたのに――あえて「豪華な」ものを選んだわけではない。しかも、そのときの二人のやりとりを収めた映像を見ると、王子は薄笑いなど浮かべておらず、現場を目の当たりにして本気で心配そうな顔をしているのがはっきり見て取れる。

 アルワリードに同行したアンジェド・シャッカーはこう話している。

 「ジュリアーニ市長との会談の要旨をまとめて、王子に報告しました。メディアへの対応も含めて」

 今回の訪問についてはメディアも取り上げそうだったので、アルワリードもプレスリリースで声明を発表する形でその訪問に関するさまざまな質問に答えるのが賢明だと考えたのだ。こうしてプレスリリースを発行したわけだが、そのあとは一行の多くがプレスリリースのことなどすっかり忘れていた。ところが、リヤドに戻ろうとしたまさにそのとき、一撃を食らわされたのである。

 ジュリアーニの補佐官らは、プレスリリースの中にあるアメリカの中東政策に関する文言が気に入らなかったようだ。市長舎が発表した声明文には、寄付金は受け取れないと書かれていた。プレスリリースには、九・一一のテロ攻撃を爐箸討弔發覆と蛤甅瓩箸靴覆らも、市長を当惑させるようなコメントが含まれていたからだ。

 「アメリカ合衆国政府は中東政策を見直し、パレスチナの主張に対して、もっとバランスの取れたスタンスを取るべきである」(『リーダーシップ』[講談社])(原注 プレスリリースの全文を五九三ページの補遺に掲載した)

 ジュリアーニは、真っ先に寄付金を突き返そうと思ったと言う。そしてこう記している。

 「世界貿易センタービルのテロを正当化、あるいは同感できるとする見解を、わたしは受け容れることはできない」(『リーダーシップ』[講談社]、表記は原文どおり)

 アルワリードは再びプレスリリース発行の準備に取り掛かると、テロを正当化するつもりなどさらさらない、と当意即妙の切り返しに出た。アメリカ人には誠意をもって接しているし、おぞましいテロ攻撃にしても、アメリカがパレスチナの窮状を無視しつつイスラエル支持の政策を打ち出しているがために、多くの中東の人びとが反米感情を抱いた結果なのだ。武力によるパレスチナ攻撃をイスラエルに認めているから、うっせきした怒りや絶望感が募り、それが若者たちのテロ活動として噴き出しているのだ。希望を失った若者たちをリクルートするのは簡単だ。王子は自らの思いをつづった。

 九・一一のテロを明確に糾弾しつつも、テロの根本的な原因を突き止め、それにどう対処するかが重要だ、と王子はプレスリリースを締めくくった。

 「だからアメリカの友人として、彼らに言う必要があると思ったんだ。『どうか目を覚ましてくれ!』とね」

 ニューヨークのようなところでは、市長の政治的立場からすると当然のことだろうし、もちろん支援団体のことも考えなくてはならないからね、とアルワリードは言う。市長の政治生命を握る多くの人間にとって、中東でバランスの取れた戦略を展開して親パレスチナの立場を取るよう求めるプレスリリースの内容が納得し難いものだったのは明らかだ。

 ニューヨークに本社を置くニューズ・コーポレーションの会長ルパート・マードックは、そんなアルワリードの考え方を支持しているが、皮肉な笑みを浮かべながら、市長が寄付の受け取りを拒否したのは単純な理由からだと言う。

 「一言で言えば……、政治だよ」



大きな壁を越えて

 その政治が中東の多くの人びとの怒りを買ったわけだが、彼らはジュリアーニが一部の圧力団体に屈しているとみていた。あるコラムニストは、サウジの新聞アルリヤドで次のように書いている。

 (ジュリアーニは)ユダヤ系有権者に取り入りたいという思いを明確にするために、公益を犠牲にし、私益を優先した……。

 グラウンドゼロに対するアルワリードの態度についてはあれこれと憶測しているが――王子が倏笑いを浮かべていた瓩箸、王子の伝統的な民族衣装が犢覯擇性瓩箸、つまりあのような場には礼を失した服装だなど――、このコラムについては、ジュリアーニは自らの著作で何ら言及していない。

 確かにジュリアーニの行動を支持する人は多かった。著名なライター兼コメンテーターのトム・フリードマンも、数日後のニューヨーク・タイムズ紙のコラムを次のような言葉でつづっている。

 一〇〇〇万ドルの寄付を突き返したルディー・ジュリアーニ市長に万歳三唱……。

 テロの翌日付のニューヨーク・タイムズにはこんな記事が載っていた。

「国務省は市長舎から王子の発言を聞かされたが、政府とは直接関係のない問題なので、ジュリアーニが小切手をどう処理すべきかについては何も言っていない」

 アルワリードによれば、ジュリアーニはプレスリリースを撤回するよう求めてきたという。そうすれば寄付金を受け取ってもいいと。しかし、王子は頑として譲らなかった。

 「それはできないと言ったよ。ニューヨークの人びとのための寄付だし、プレスリリースもアメリカとサウジアラビアの関係を、さらには東西の関係を思って発表したものだしね」

 一〇月一一日の出来事については、中東でも賛否両論が巻き起こった。慌てて小切手を持って訪米などすべきではなかったという人、アルワリードは自分の行為を正当化しようとして中東問題をわざわざ強調したプレスリリースを発表したのだ、という人も多かった。

 一方、ツインタワー基金に寄付をするという意思表示は立派で、アラブ世界の共感と連帯をはっきり示すものだという人もいた。アメリカが苦悩しているときにこそ、何しろ九・一一のテロの実行犯一九人のうち一五人がサウジアラビア出身なのだから、名の通ったサウジ人――王室の一員――がアメリカとの連帯を示すことが大切なのだと。

 著名なサウジアラビアの新聞記者でアラブ・ニュース紙の編集長を務めるハレド・アルマイーナは、アルワリードが訪米したのは拙速だったと考える一人だ。とくに王子の寄付がニューヨーク市長に拒否されたことで、サウジアラビアでは多くの人が動揺しているとし、もし小切手を受け取ってもらえていれば、王子の行為ももっと肯定的に受け止められていたかもしれないと言う。

 「アメリカには耳を傾けようという空気はありませんでしたね。もう少し時間を置いてから行ったほうがよかった、別の案を持っていったほうがよかったという人もいましたよ。基金の宣伝になるようなことをするとか、異なる宗教間、社会間の対話を促すような基盤作りをしたほうがよかったとかね」

 歯に衣着せずに物を言う、評判の良いコラムニストのアルマイーナは、そうは言いつつも、アメリカの偏った中東政策を強調したプレスリリースによって、サウジ国内ではアルワリードの評価が高まったとも指摘している。

 「ええ、あれで王子は点を稼ぎましたよね。何でも率直に言う人ですから。それにもう一つ、少なくともコレ(お金)を渡しながら平等な中東政策を要求する勇気のある人なのか、と言う人もいました」

 母親がレバノン人であることから、レバノンにはアルワリードを支持する人が多い。そのレバノンの日刊紙アンナハールの社長兼編集長のジブラン・トゥエイニは全面的に王子を支持している。幼少時からアルワリードがせっかちだというのは知っていたが、サウジの王族とビン・ラーディン一族との関係が大きく取りざたされているときにわざわざニューヨークまで行ったのには驚かされた。

 「ニューヨークへ飛んで、『アラブ人全員がテロリストじゃない』と言いながらアメリカ人の力になろうとするんですから、ワリードは本当に勇敢ですよ。彼ならどんな批判でも受けて立つでしょうね――アラブ世界からの批判でもね」

 アルワリード自身は、多くの人びとの反応で自分の行為が間違っていなかったと感じるようになった。

 「あのあとアメリカ人からファクスや電報、手紙、電子メール、電話が殺到してね。企業の会長やCEO(最高経営責任者)からも来たし、ユダヤ人コミュニティーからも来たよ。でもみんな、あのときのことを本当に申し訳なく思っていると言うんだ。爐△覆燭里靴燭海鉢瓩論気靴ぁ△錣燭靴燭舛呂△覆燭量Jですって。もちろん、ジュリアーニのほうが正しいと言う人もいたけどね」

 そんなアルワリードの行動は実業界にも波紋を広げていた。その波は、まずはカナダのフェアモント・ホテルグループのCEOで、王子とは仕事上親しい関係にあるビル・ファットの元に押し寄せた。アルワリードは同グループの大株主。実際ファットは、王子のプレスリリースには物議をかもすような内容は含まれていないと考えており、議論を呼んだのは、あれがテロの直後であり、皆がピリピリしていたからだと言う。

 「どうしたら中東政策をうまく進められるのかをアメリカ人に教えたんですよ。きっとタイミングが悪かったんでしょう。企業の立場から言うと、フェアモントは王子と付き合いがありましたし、アメリカには重要な業界関係者もいましたから、わたしどもの顧客との間でちょっとした摩擦も起きたんですが、すぐに収束に向かいましたよ。でも、北米での評判という点では、王子にとって大変な時期だったでしょうね。王子の投資先企業も苦慮したと思いますよ。あの声明はかなり微妙でしたから」

 しかし、ファットはアルワリードを擁護し、九月一一日から数カ月もすると、世界の指導者たちがパレスチナ情勢に関する王子のコメントに事実上同調するようになったと指摘する。ブッシュ大統領も国連の演説で初めてパレスチナ国家について言及したし、イギリスのブレア首相も、パレスチナ人や中東の人びとはアメリカをはじめとする欧米諸国に対して怒りを募らせていると同時に落胆している、とも述べている。

 この点でもアルワリードは、やはり自分は正しかったと感じている。

 「みんな同じことを言い出しただろう。つまり、アメリカの中東政策は憎悪をかき立てているだけなんだ。過激派やテロリストをあおってアメリカとの戦争に持っていこうと仕向けているんだよ。破壊とか憎悪はもうたくさんだ」

 アルワリードの努力を支持するコメントが全米各地から寄せられたが、そのなかにジョージア州選出の民主党員で連邦下院議員のシンシア・マッキニーから届いたものもあった。マッキニーはアルワリードへの手紙で、ジュリアーニ市長の行為には失望したと述べている。

 「あなたの考えに賛同しようとしまいと、あなたが親しんでいる地域について語り、所見を述べる権利を、市長は認めるべきだったと思います」

 さらにアルワリードはこう付け加えた。残念ながらジュリアーニ――王子は今でも強いリーダーとして尊敬している――は、寄付金の受け取りを拒否したことで政治問題化してしまったと。一方で、アルワリードを批判する人も同じように、最初にプレスリリースを発行して政治問題化したのは王子のほうではないかと反論している。

 だがアルワリードは、何らかの政治的動機があったとする見方を否定し、あのコメントには自国民だけでなく欧米諸国の指導者たちも同調してくれていると強調する。

 「リヤドに戻ってから数週間後にはブレア首相が、その後ブッシュ大統領がまさに同じ発言をしたよね。テロから二年が過ぎたというのに、九・一一のテロ事件とアメリカの対アラブ政策との関連については今でも議論されている。わたしは間違っていなかったんだ。これ以上何を言えばいい?」

 ニューヨーク社会と密接な結びつきがあるアルワリードの友人で、シティグループの会長を務めるサンディ・ワイルは、まさにタイミングが悪かったのだと感じている。

 「最初はよかったが、最後がまずかった。彼の発言が是か非かの問題じゃなく、あのメッセージを、あのときに、あのニューヨーク市長に届けたのがまずかったんだ。だから悪く受け取られたんだよ」

 しかし、アルワリードがこの出来事から学んだ教訓は、知名度にも多少の価値があるということだ。たとえ発言の狷睛騰瓩筬猴由瓩万人に受け入れられなくても、声を上げれば聞いてもらえるということが分かったのだ。アルワリードいわく、国際的に認知されるようになったのはルドルフ・ジュリアーニのおかげである。

 「一夜にしてアルワリードは時の人さ……。巨額の寄付金を持ってやって来たが拒否された、あのサウジの事業家は、あの王族はだれなんだ、とみんなが口にするようになったよね。まさにジュリアーニのおかげだよ」

 確かにアルワリードという名前は思い出せなくても、犠牲者のための基金に一〇〇〇万ドルの寄付を申し出たもののニューヨーク市長に受け取りを拒否された、あの爛汽Ε犬梁臧拗覘瓩里海箸呂世譴發覚えている。

 広告でも政治的発言でも、自分の行動にどの程度の影響力があるのかに気づいたアルワリードは、東西の橋渡し的な役割を強く意識するようになった。この一件は、広報活動がいかに重要かを学ぶ貴重な経験となった。

 皮肉を言えば、アルワリードの寄付がジュリアーニ市長に拒否されたのは、もしかしたらニューヨークにいる王子の支持者たちの広報活動が奏功していなかったせいかもしれない。

 善意で始まったものの、最後には政治的なもつれを引き起こしてしまった一連の妙な出来事。この一件で、両者とも少しは学んだのではないだろうか。

 サンディ・ワイル――アルワリードとジュリアーニの友人で、最初に二人を引き合わせた本人――の反応はどうだったのだろう?

 ワイルは動じることもなく、笑いながらこう言った。

 「その場にいなくてよかったよ」



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