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キャリートレードの興隆

キャリートレードの興隆
金融危機と株価暴落を引き起こす「犯人」が分かった!

著 者 ティム・リー、ジェイミー・リー、ケビン・コールディロン
監修者 長岡半太郎
訳 者 山下恵美子

2022年2月発売/A5判 270頁
定価 本体 2,800円+税
ISBN978-4-7759-7294-6 C2033

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著者紹介目次

ケインジアンとマネタリストへの挑戦状
中央銀行の罪
次なる市場暴落から身を守るための画期的な入門書

News

石原順様の連載「外為市場アウトルック」にて本書をご紹介いただきました。(2024/8/29)

円キャリートレードの崩壊と米大統領選挙後の相場
(楽天証券トウシル)

 この25年間、金融市場は大きく上昇しては暴落するを繰り返してきた。それはなぜなのだろうか。アメリカの株式市場が常に経済成長を上回っているのはなぜなのだろうか。企業が何かに取りつかれたように自社株買いをしているのはなぜなのだろうか。なぜトレーダーは中央銀行の発言を神の言葉のように信じ込んでしまうのだろうか。

 これらの問いに対する答えは、世界中の投資家が熱狂的に受け入れてきた広く普及するトレンドのなかに見いだすことができる。そのトレンドとは、低金利でお金を借りて、安定していると思われる市場で高利回りの商品に投資することである。つまり、答えはすべて「キャリーの台頭」で説明がつくのだ。次なる金融危機からあなた自身を守ることができるように、いろいろな事象を結びつけて、事の全容を明らかにしていくのが本書の目指す画期的なところである。

 本書で著者は今日の市場の仕組みと、金融危機はなぜ起こるのかを深く掘り下げることで、読者に市場に対するまったく新しい考え方を提供し、投資戦略を見直す機会を与えてくれる。市場の大暴落は景気後退が原因ではなく、むしろその逆で、「市場の大暴落が景気後退を生み出すのだ」と著者は力説する。さらに、著者はキャリー、ボラティリティの売り、レバレッジ、流動性、収益性はすべて同じ現象に収束すると述べている。長期にわたるキャリートレードのプラスのリターンが市場のボラティリティ構造と関係があるのはなぜなのか、そして中央銀行の政策がこれらのリターンを増長させてきたのはなぜなのかについても言及する。また、キャリーの台頭が社会的・政治的病理に直接結びつくのはなぜなのかについても解説する。

 「金融市場と経済を決定づける力に関しては従来の考え方には誤りがある」と著者は言う。「したがって、こうした理解では次にやってくる金融危機や経済危機、そしてその影響を読み解くことはできない」と。

 本書は何十年にもわたって経済学者たちを惑わせてきた謎に終止符を打つものである。本書は市場のメカニズムをより明確にし、キャリーの台頭によって私たちの知る金融システムが一変した世界で常に時代の先を行くために必要なすべてのものを提供してくれるものだ。


著者紹介

原題
The Rise of Carry : The Dangerous Consequences of Volatility Suppression and the New Financial Order of Decaying Growth and Recurring Crisis
by Tim Lee, Jamie Lee, Kevin Coldiron

The Rise of Carry

ティム・リー(Tim Lee)
独立した経済コンサルタントであるパイ・エコノミクスの創設者で、ヘッジファンドから伝統的なアセットマネジメント会社までさまざまな金融機関に情報を提供してきた。香港やロンドンのGTマネジメントやインベスコなどのグローバルアセットマネジメント会社に勤務した。高く評価された『Economics for Professional Investors』の著者で、彼のコメントや分析はメディアで幅広く取り上げられてきた。ケンブリッジ大学モードリンカレッジ卒業。

ジェイミー・リー(Jamie Lee)
投資のグルとして知られるジェレミー・グランサムの下で環境調査とボラティリティトレードの研究に取り組んでいる。ボストンやロンドンのアセットマネジメント会社でエコノミストやアナリストとして勤務した経験を持つ。ダートマス大学で数学と英語の学士を修得。

ケビン・コールディロン(Kevin Coldiron)
カリフォルニア大学バークレー校のハース・ビジネス・スクールで金融工学の講師を務める。その前はサンフランシスコを拠点とする定量的ヘッジファンドのアルゲート・コールディロン・インベスターズ(ACI)を共同設立。ロンドンのバークレーズ・グローバル・インベスターズで専務取締役として勤務した。ロンドン・ビジネス・スクールでMBAを修得。


目次

立ち読みコーナー(本テキストは再校時のものです)

はじめに
監修者まえがき
序文と謝辞
第1章 序論――キャリーの性質
第2章 通貨のキャリートレードと世界経済におけるその役割
第3章 キャリー、レバレッジ、クレジット(信用)
第4章 キャリーの規模とその投資戦略としての収益性
第5章 キャリーのエージェント
第6章 キャリーレジームの基本的な性質
第7章 キャリーレジームが金融界に及ぼす悪影響
第8章 キャリー、金融バブル、ビジネスサイクル
第9章 ボラティリティ構造におけるキャリーを理解する
第10章 キャリーレジームは存在しなければならないものなのか
第11章 キャリーとは力なり
第12章 グローバル化するキャリー
第13章 消失点を超えて


本書への賛辞

「キャリートレードはスティームローラーの前で5セント硬貨を拾うようなもの。踏みつぶされたくない者は本書を読むべし」――エドワード・チャンセラー(『新訳 バブルの歴史――最後に来た者は悪魔の餌食』[パンローリング]の著者)

「極めて重要で、ほかには類を見ない書だ。FRBが市場に介入し金融市場の信用の流れを維持する政策(モラルハザード)に打って出たとき、われわれの経済に何が起こったのか、そして今日の市場が典型的なバブルとどう違うのか、について著者は一種独特な見解を示している。彼らが提起する疑問は、投資家のみならず、社会全体にとって非常に重要だ」――ジェレミー・グランサム(GMO[グローバルアセットマネジメント会社]の共同創設者)

「本書は金融サイクルと景気循環を分析するうえで、ケインズ経済学的アプローチとマネタリスト的アプローチの両方に挑戦状を突き付けるものだ。明晰な議論とそれを裏付ける統計データとによって、著者は、流動性を生み出し、資産価値を膨張させる『キャリーバブル』と、流動性を枯渇させ資産価値を下げる『キャリークラッシュ』の直後に行われる中央銀行による損失の社会化(損失は社会全体が背負うべき)を結びつけるには、景気循環を抜本的に分析し直す必要があると説く。『キャリー』が実質的にすべての市場に普及した結果、世界の貨幣制度は進化したが、『キャリー』に敵対的な新たな貨幣制度が導入されなければ、世界の貨幣制度はデフレとハイパーインフレとの間で揺れるきわどい状況に立たされるであろう。本書は中央銀行、投資家、学者、政治家にとっても必読の書である」――ジョン・グリーンウッド(インベスコのチーフエコノミスト)

「今日の金融マトリックスの内側を見たいとは思わないか。なぜわれわれはキャピタリストの本懐からこれほど遠ざかってしまったのか。そして、その結果として当然の報いを受けなければならないわけを理解したいとは思わないか。本書は、奇怪な現実がポピュリズムという力によって暴露されるシステムの真実に目覚めさせてくれるものだ」――ヘンリー・マクシー(アセットマネジメント会社・ラッファーのCIO)

「キャリートレードは近代金融のなかでさまざまな分野に拡大しているが、著者はそれに対して興味深い分析を行っている。一言で言えば、キャリートレードとは資金需要の『投機的』側面を延長したものであると言ってよい。当局や投資家にとって興味深いのは、すべてのキャリートレードが行き着くところは市場の変調であるという考え方だ」――ヒュー・スローン(ヘッジファンドのスローン・ロビンソンの共同創設者)

「キャリートレードはうまくいくとは思えないが、国際金融のなかでひときわ目立つ存在だ。本書ではキャリートレードにまつわるこうした逆説やそのほかの謎に対する答えが解明されている。本書は重要でありながら無視されてきた題材に光を当てたもので、読みながら考えさせられることが多かった。非常に魅力的な本だ」――スティーブ・H・ハンケ(ジョンズ・ホプキンズ大学応用経済学教授)

「キャリートレードはこれまで通貨トレーダーがスティームローラーの前で小銭を拾う極めてリスクの高い戦略とみなされてきた。本書ではキャリートレードがいかにして投資の世界全体に広がり、その結果として、富の不均衡と金融不安が引き起こされたのかを解明している」――ロナルド・カーン(ブラックロックの専務取締役)

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監修者まえがき

 本書は、ティム・リー、ジェイミー・リー、ケビン・コールディロンによる“The Rise of Carry : The Dangerous Consequences of Volatility Suppression and the New Financial Order of Decaying Growth and Recurring Crisis”の邦訳である。著者らは、キャリートレード(≒広義のボラティリティの売り)の広範な蔓延がもたらす新しい金融秩序の構造とその潜在的な危険性を解説している。これは、使用可能な各種資源に限界があることが認識され、実体経済の成長に陰りが見えている現在の世界において、金融市場で起こっているある種不可思議な現象を理解するための優れた視点を私たちに与えている。

 ここで特筆すべきは、原書が出版されたのは2019年で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がもたらした世界的な危機が発生する前であるにもかかわらず、危機後に金融システムが辿った軌跡がまさに本書で論じられたとおりであったということである。そして、その予測の正確さは、その示唆する結末が万人にとってけっして幸せなものではないだけに、読む者に空恐ろしい気持ちすら起こさせる。

 本文中にも詳しく書かれているように、今日のキャリーレジームを支える背景には各国中央銀行の存在がある。彼らは政府から独立した存在として、各々の通貨の健全性や経済の安定・成長に対して責任を負っており、したがって本来その政策は金融システムのレジリエンス(回復力)確保に寄与するものでなくてはならないはずであった。

 しかし現実には、ブラックマンデーやリーマンショックといった重大なインシデントが起こるたびに、経済的な破滅から世界を守る目的で中央銀行がとった政策そのものが、返ってより多くのリスクテイクを誘引して金融システムを脆弱にし、次なる危機を招いてきた。このままでは、際限なく拡大するキャリーレジームが内包するリスクを実体経済が支え切れなくなる時がいつか必ず来ることになる。

 著者らはキャリーレジームが富める者を優遇する仕組みであり、結果として、モラルハザードを犯した者がますます豊かになってきたことを指摘しているが、リーマンショック直後のオバマ元米大統領の就任演説にあるように、市場およびその機能は、もともと善悪どちらに属するものでもなく、使い手次第で神にも悪魔にもなるものだ。それは富を創造し自由を拡大する力を持つ一方で、監視の目がなければたやすく制御不能になり得るのである。私たちは本書の内容を理解し、それを前提としたうえで、来るべき変化に対し、自身がどのような責任を引き受け、どのように行動するのかを決めなければならないだろう。

 翻訳にあたっては以下の方々に心から感謝の意を表したい。まず山下恵美子氏には正確で読みやすい翻訳を、そして阿部達郎氏は丁寧な編集・校正を行っていただいた。また本書が発行される機会を得たのはパンローリング社社長の後藤康徳氏のおかげである。

 二〇二二年一月

長岡半太郎


第1章 序論――キャリーの性質

 この25年間にわたって、株式市場が大きく上昇しては大暴落するのを繰り返してきた。それは、なぜなのだろうか。アメリカの株式市場が、アメリカ経済がよく見てもけっして良いとは言えないにもかかわらず、2007〜2009年のリーマンショック以降、飛躍的に上昇して4倍にもなったのはなぜなのだろうか。企業が実物投資をすることなく、執拗に自社株買いを続けているのはなぜなのだろうか。プロの株式市場投資家やトレーダーが、中央銀行の発する言葉を一字一句、神の言葉のように信じ込んでいるのはなぜなのだろうか。テクノロジーの発展によって世界のどこにでも住め、どこででも働ける時代に、人々が依然としてロンドンやニューヨークといった人口過剰の大都市に住みたがるのはなぜなのだろうか。ポピュリストの政治勢力の台頭をどのように説明すればよいのだろうか。

 これらの質問のすべてに答えようとするならば、本書よりもはるかに膨大な本が必要になるだろう。しかし、これらの質問に答える出発点としては、金融市場という小さなプリズムを通した見方が必要になる。今日の金融市場の動きは一般に信じられているのとは違って、経済や金利、あるいは政治的発展の結果の関係しているのではない。それはキャリーの台頭、あるいは金融ボラティリティの抑制の現れである。キャリーの台頭は人間諸事のあらゆる側面を含む、大きな現象の一部として理解することができるが、金融市場だけでも世界に深遠な結果をもたらしてきた。

「キャリー」や「キャリートレード」とは何か――私たちの定義

 キャリートレードは「何も起こらない」ときに利益をもたらす。これはどういうことなのだろうか。それは、キャリートレードとは所得の規則的な流れや会計上の利益を生み出す金融取引だが、何かが起これば、つまり原資産の価値が大きく変動すれば、突然、損失を生むリスクがあるということである。「キャリー」とは、その取引期間にわたって得られる所得の流れや会計上の利益のことを言う。そういった意味では、キャリートレードは保険を売るのに似ている。売り手は安定した保険料収入を手に入れられるが、時として大きな損失に見舞われる。金融キャリートレードの代表例は、外国為替市場で行われる取引である。低金利の通貨で資金調達して、そこで得た資金を高金利の通貨に投資する。「何も起こらなければ」、つまり為替レートが逆行したり、金利差以下の動きしかなければ、そのトレードは利益を生む。しかし、何かが起これば、つまり、為替レートや資産価格がトレーダーに不利な方向に動けば、大きな損失になる。

 本書の大部分はキャリートレード、特に通貨と株式市場におけるキャリートレードの説明に充てている。結論としては、アメリカ市場において流動性が高まり、さまざまな金融商品が生み出され、ドルが世界規模での準備通貨としての役割が高まったことで、アメリカ市場、なかでもとりわけS&P500指数が世界のキャリートレードの中心へと押し上げられてきた。本書のもう1つの目的は、キャリーがいかにして世界のビジネスサイクルを支配するまでになったかを解説することである。キャリーは、長く安定した地味な成長と時折発生する壊滅的な危機のパターンを作り出してきた。キャリーの成長、つまり「キャリーリジームの発展」は、所得と富の分配に大きな影響を及ぼしてきた。著者の見解によれば、これらのプロセスやメカニズムは、力と富・所得の分配を専門とするエコノミストにさえ正しく理解されていなかった。

キャリートレードの特徴

 キャリートレードが問題なのは、通貨やコモディティから始まったキャリートレードが今や金融市場の至るところにまで拡大していることだ。キャリートレードには、特殊なリスクが含まれており、これらのリスクは世界の金融情勢を動かす中心的な力になりつつある。中央銀行はこうした金融情勢に反応するために、世界の金融政策はますますキャリーの影響を受けるようになり、キャリーの自己強化力によるさらなる成長に貢献している。このプロセスが資本市場と富の分配をいかに変化させているかについてはのちほど説明するが、このプロセスを理解するには、まずキャリーの特徴を把握しておく必要がある。

 すべてのキャリートレードにはいくつかの共通した重要な特徴がある。それは、レバレッジ、流動性の供給、ボラティリティの売り、そして小さく安定した利益と時折発生する大きな損失という「のこぎり歯」のようなリターンのパターンである。これらの特徴は非常に重要だ。なぜなら、キャリーの規模が拡大するにつれて、これらの特徴が金融市場そのものを特徴づけるようになったからである。

 私たちの定義では、キャリーは必ずレバレッジを含む。つまり、キャリートレーダーは借り入れた資金を明示的に使うか、あるいはそのトレードに最初に投入した資本を上回る損失を被る可能性のある取引をするということである。したがって、キャリートレーダーや彼らにお金を貸す人々は、損失に非常に敏感になる。損失が無限に拡大するのを防ぐために、キャリートレーダーは価格が彼らにとって不利な方向に動けばポジションを手仕舞う必要に迫られることも多い。それは、価格が下落している資産を売るか、価格が上昇している資産を買うことを意味する。このように、キャリートレードのリスク管理のメカニズムは、投げ売りを誘発し、その結果として価格の最初の動きが大きく増幅されるという特徴を持つ。

 キャリートレードの拡大は流動性が高くなる一方で、キャリートレードの減少やポジションの手仕舞いは流動性を低くする。「流動性」とは分かりにくい概念で、通常は2つの意味を持つ。トレードでは流動性は売買のしやすさを意味する。流動性の高い資産は素早く大量に売買することができる。キャリートレードが特定の資産で拡大すると、その資産の流動性は高まる(少なくとも高まるように見える)。一方、出来高という観点から見た流動性は、経済におけるお金やお金のような商品の量を意味する。この観点においては、流動性は経済における信用の得やすさとか、お金の入手しやすさを意味する。これら2つはビジネスサイクルのなかで経済成長を促す基本的要素である。キャリーの拡大はお金や信用の得やすさを意味し、お金や信用が得やすくなると、経済は活気づき、一時的に景気は改善される。一方、キャリークラッシュが発生すれば、資産の市場性(販売可能性)、お金、信用、そして経済全体は突然大きく弱体化する。

 キャリートレードは「ボラティリティの売り」を意味する。これはどういう意味かというと、金融資産価格の変動水準が低下することが儲けにつながるということである。もっと具体的に言えば、キャリートレードは、原資産、通貨、コモディティ価格のボラティリティが予想よりも高くならないかぎり、無リスクレートを上回るプラスのリターンを提供してくれるということである。事実、原資産価格のボラティリティの相対的な低さに直接依存する金融デリバティブを利用した高度なキャリートレードも存在する。

 キャリートレードには、典型的な通貨のキャリーポジションから、保険の引き受け、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の売り、高利回りの株式やジャンクボンドの信用での買い、不動産を投資目的で買う人に貸し出されるローン、株式や株価指数を原資産とするプットオプションの売り、ETF(上場投信)の買いまで、さまざまな形態がある。しかし、これですべてではない。会社が社債を発行して自社株買いをすること、プライベート・エクイティ・レバレッジド・バイアウト、もっと複雑な金融戦略や金融工学などもキャリートレードに含まれる。どのケースでも、キャリートレーダーは明白か明白でないかは分からないが、原資産価値の変動によって運用益がなくなることはないほうに賭けている。つまり、キャリートレーダーは原資産価格のボラティリティが低いか、低下することに賭けているのである。

 キャリートレードの最後の特徴は、リターンのパターンがのこぎり歯状であるということである。通常、利益はきわめてスムーズな形で発生する。しかし、キャリートレードでは大きなネガティブリターンが短期的に発生(キャリーの修正またはキャリークラッシュ)して、損失に見舞われる。そのためリターンのパターンはのこりぎ歯状になる。このパターンは独立した特徴ではなく、キャリーのほかの特徴の当然の結果として発生するとも言える。これは事実だが、リターンのパターンそのものが非常に重要だ。なぜなら、リターンのこのパターンは、報酬が短期パフォーマンスによって決まる参加者からの資金をキャリーに呼び込むからである。こうしたキャリートレーダーはクラッシュを生き抜くほど強いバランスシート(莫大な資金)は持っておらず、彼らの存在が世界市場における大きな不安定要素となる。

キャリーにおける中央銀行が果たす役割

 金融キャリーにはさまざまな形態があり、これらは常に近代の金融システムの中核をなしてきた。これを行うのが銀行だ。銀行は普通預金を提供し、その預金に対して低金利を支払う。なぜなら預金は流動的で、預金者はいつでもお金を引き出すことができるからだ。そして、高金利で長期ローンを貸し出す。保険会社も同じだ。保険会社はリスクを引き受けることで保険料を受け取る。しかし、これには問題がある。それはなぜなのだろうか。伝統的な金融的な意味においては、流動性の提供と同様、キャリーはリスクプールしていることと関係があるとみなすことができる。銀行や保険会社はリスクをプールするだけの巨額の資金を有し、リスクをプールすることで経済的機能を果たしている。銀行の場合、中央銀行がバックにいて各銀行を支援し、取り付け騒ぎが起こったときは流動性を提供する。

 しかし、大きなクラッシュを生き残るだけの資金を持たないトレーダーや機関投資家がキャリーに参加すると、問題が発生する。理論的には、キャリーのリスクを考えれば、弱いかキャリーに不向きなバランスシート(少ない資金)を持つ人々は市場に参加させてはならない。ここで重要になるのが、キャリーのリターンパターンである。キャリークラッシュが長い間にわたって発生していない場合、キャリートレードは非常に魅力的に見える。リターンの争奪を巡って、市場参加者はキャリートレードへと駆り立てられる。キャリートレードの拡大は流動性の上昇と関係があるため、新たな参加者がポジションを建てると、金融市場には過剰な流動性と信用が発生する。そして、不可避なキャリークラッシュが発生すると、流動性は低くなり、信用は収縮する。

 突然の流動性の低下と信用の収縮は実体経済にネガティブな効果をもたらす。資産価格が下落し、流動性が低下すると、中央銀行は市場を安定させるために市場に介入する。もちろん、市場の安定化はボラティリティの低下を意味し、ボラティリティの低下によってキャリートレードの損失は限定される。こうしてキャリーの損失の痛みを十分に感じることなく、市場から排斥されるべきだったキャリートレーダーのなかには生き残る者がいる。生き残る者はほぼ例外なく政界や金融界に大きな影響力を持つインサイダーであり、彼らは政府の政策を左右し、その政策に素早く反応する。

 この慣行はあまりよく理解されていないが非常に重大な結果をもたらす。これは時間とともに富の不均衡を徐々に上昇させるのである。巨額の資金を持った裕福な投資家、つまり、クラッシュを乗り切るだけの力があるために理論的にはキャリートレードに当然のように参加してくる人々もまた、キャリークラッシュの痛みを十分に経験することがないため、中央銀行による市場の安定化から恩恵を受ける。彼らは巨額の資金を持っているため、放っておいてもクラッシュを乗り切ることができたはずだが、中央銀行の介入によってお金が貯まり、クラッシュ後の回復期にはさらに多くのお金を得ることになる。その一方で、弱小の投資家はクラッシュで文無しになるか、富の壊滅的な損失を味わうことになる。

 このように、中央銀行はキャリーの拡大に中心的な役割を演じている。キャリートレードは実体経済に流動性と信用を提供する。中央銀行は最後の貸し手として、少なくともアメリカでは雇用を拡大し、キャリーに関連する損失の一部を引き受ける。これによってキャリーはますます拡大し、自己強化サイクルによってさらに拡大する。

 長期的に見ると、これは3つの重大な結果をもたらす。1つ目は、金融市場は能力のあるものが繁栄するのではなく、インサイダーに有利になる。なぜなら、資金の少ないインサイダーは中央銀行のおかげでキャリークラッシュを生き残ることができるからだ。2つ目は、ボラティリティの抑制を必ずしも必要としていないにもかかわらず、それから恩恵を受けるすでに裕福な投資家の損失を少なくすることで、富の不均衡が拡大する。そして3つ目は、景気後退と金融市場の下落との境界線が次第に分かりにくくなる。景気後退はもはや深刻な資産価格の下落、つまり弱気相場を引き起こすことはない。資産価格の下落が景気後退を引き起こすのだ。

 このことを理解している人はほとんどいない。投資家も経済学者も金融評論家も政策立案者も、景気後退は純粋に経済に原因があり、直接的な原因は政策上か規制上の失敗であり、金融市場はそういった景気後退に影響されると考え続けている。世界の金融市場において今やキャリーの中心にいるのはS&P500である。株式市場の大暴落は景気後退の兆候ではなく、景気後退そのものなのである。キャリーバブルとキャリークラッシュのサイクルと、ビジネスサイクルはまったく同じになってしまった。

 時がたつにつれて、これは物事が偏った一方向に進むラチェット効果を生み出す。キャリートレードの経済に対する影響力はより大きく支配的なものになり、その結果発生するキャリークラッシュや経済危機を止め、動きを逆転させるためには中央銀行や政府の介入が必要になり、その介入もますます大きくなっていく。経済構造、具体的には株式市場や金融市場全体は、キャリートレードと中央銀行や政府の介入を利用するために存在するという性質がより色濃くなる。キャリーには常にレバレッジが伴うため、キャリーの継続的な成長によって負債は蓄積され、キャリーの成長が続くかぎり、キャリーバブルの当然の結果として資産価格が大幅に上昇する一方で、デフレが発生する。キャリーバブルの最中は資産価格が上昇するため、デフレ圧力は抑えられるが、そのあと発生するキャリークラッシュは「デフレショック」となって現れる。この経済構造の継続的な進化を「キャリーリジーム」と定義する。

 極限状態においては、これが富を破壊させるプロセスであることはより一層明白になる。キャリートレードを行う金融市場のプレーヤーや企業や個人が稼ぎ出す富は、一般の人々が望むより良い商品やサービスを生み出す経済能力から生み出される真の富ではない。それどころか、その富によって金融資産価格は絶望的なまでにゆがめられ、実体経済からは乖離し、希少資本は非生産的な使われ方をするようになる。やがて経済は次第に落ち込み、所得も富も少数の人に集中する。

 しかし、キャリーリジームが進むと中央銀行とこの延長として政府の力が弱体化することを認識することも重要だ。これは直観に反するかもしれないが、規制の虜と同じように、中央銀行はキャリーに「支配」されてしまうのである。極めてデフレ的な性質の強い、2008年のときのようなキャリークラッシュが発生すると、中央銀行はモラルハザード(介入と救済)をさらに推進する以外に道はないように思える。キャリーリジームの矛盾すると思われるようなさまざまな側面の1つは、中央銀行が巨大な力を持っているように見えることである。ハイパワードマネー(中央銀行が供給する通貨)を作り出す巨大な力、短期金利を設定する力、彼らの発言で金融市場に強い影響力を与える力。しかし、結局のところ、彼らには自由に行動する力はない。中央銀行はキャリーのエージェントに成り下がったのである。彼らの巨大であるかに見える力は幻想でしかない。

 本書から導き出される少々受け入れがたい結論を言えば、われわれの現在のシステムでは、キャリー、ボラティリティの売り、レバレッジ、利益、流動性、力は非常に密接に関係している。究極的には、すべては同じものに収束する。経済システムは今ひとつの方向に向かって進んでいる。個人や個々の実体の「富」、すなわち市場価値は、才能、実績、そしてもっと重要なのは、長期的に生活レベルの向上に貢献する個人や実体の価値によって判断されるのではなく、力の源泉へのアクセスによって判断されるようになりつつある。

 今、キャリーは頂点に向かって進んでいる。その反対側に何があるのかはだれにも分からない。しかし、本書では最後に、少なくとも金融とマクロ経済に関する一般論について述べる。キャリーの重要性を十分に理解するまで、未来を理解するなどできない。


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