■序文
投機的なトレードの世界では、トレーダーのほぼ三分の一が毎年マーケットからの撤退を余儀なくされている。これはつまり、三分の一のトレーダーが資金の大半を失っているか、あるいは少なくともトレードをやめたくなるほど落胆しているということである。また、投機的なトレーダーの約九〇〜九五%が毎年損失を出している一方で、ほんの一握りだが途方もない利益を出しているトレーダーがいるというデータもある。こう考えると納得がいくだろう。つまり、ごく一部の勝ち組トレーダーが大多数の個人投資家のわずかな損失をごっそり持っていってしまうということだ。もっと重要なのは、超一流のトレーダーには、並みの人間が育み伸ばすことができない、ある種の心理的特徴を持っているということだ。
自分の資金を運用のプロの手に委ねたとしても、事態はそう好転するわけではない。なぜか。ひとつは、ほとんどの資産運用会社が市場平均を上回る成績を上げられていないからだ。もうひとつは、並みの個人投資家は、資産運用会社に資金を委ねていても自分で投資をして負けるときと同じ心理的要因でしくじってしまうからだ。例えば、並みの投資家は人気のファンドがパフォーマンスのピークを付ける直前に投資をするので、すぐに大きなドローダウン(資金の減少)に見舞われ、資金を引き出したと思った途端に次の上昇局面が訪れたりする。
では、一流のトレーダーと並みの個人投資家の違いとは何なのだろう? 世界中の優れたトレーダーの多くが今の地位を築いているのは、成功するには自分の心理状態を把握することがいかに大切かを知っているからだ。例えば、ジャック・D・シュワッガーの『マーケットの魔術師』(パンローリング)でも紹介されているあるトレーダーによると、一九六〇年代後半に一二の小口の一任勘定の運用を開始したが、数年たつと大幅に上昇している口座もあるが、そうでもない口座もあることに気づいたという。運用戦略はどれも同じで、違うのは顧客の資金の出入りだけである。一般に、大金を手にした人は自分の一任勘定にずっと投資してくれていたが、乏しい利益しか手にできなかった投資家は連敗するとすぐに資金を引き出していた。それはたいてい大きな利益を得る直前で、しかも次に投資をするのはファンドの資産が長期間、順調に増えたあとのことが多かった。だから、またすぐにドローダウンの憂き目に遭ってしまうのだ。
またこのトレーダーによると、投資は投資家の私生活とも密接に関係しているという。儲けている人は私生活も絶好調だが、損をしている人は何をやってもうまくいかない傾向がある。偶然の一致だろうか? いや、そうではないだろう! 結局、このトレーダーは顧客の資産を運用するのをやめてしまった。他人の感情ではなく、自分の感情の浮き沈みだけを心配することにしようと考えたのがひとつの理由である。
ジャック・D・シュワッガーの『新マーケットの魔術師』(パンローリング)に登場する別の偉大なトレーダーは、また違った方針で資産運用に臨んでいる。個人投資家の問題に積極的に取り組む道を選んだこのトレーダーこそ、本書の著者トム・バッソである。バッソはもともとケネディ・キャピタル・マネジメント社という投資顧問会社の創設者だが、バッソと彼のパートナーが経営方針を巡る意見の対立でたもとを分かち、バッソのパートナーが大口の法人顧客の資金をすべて引き継ぎ、バッソの会社がそのまま個人投資家の資産運用を続行することになった。そのとき以来、バッソは個人投資家をサポートしつつ、一貫して好成績を上げている。
したがって、運用のプロに資金を委ねる顧客が相場で生き残ることをテーマに本を執筆できるのはトム・バッソしかいないと、わたしは考える。バッソは個人投資家と共に仕事をし、心から個人投資家をサポートしたいと思っている。数年前にわたしがインタビューしたときも、彼はこんなことを言っていた。
「一九八四年に自分自身の投資上の問題を解決することを含め、さまざまなことを始めました。そして、ほかにも同じ問題を抱えている投資家が大勢いることを知るようになりました。そうしたら人生もずっと楽しくなりました。今まで以上に自分の運命を自分でコントロールできるようになったのです。進んでいく方向に戦略的に多くの資源を投入しました。自分の進みたい方向が見えてきたからです。計量経済学の観点から市場にアプローチし、リスク管理の能力を高め、引き続き他人を助け、他人の投資をサポートしながら過ごせるような人間になりたかったんですよ」
また、模範的なトレーダーだという点も、バッソが本書を執筆するに値する重要な理由である。なぜわたしがそう考えるのかを簡単に説明しよう。
一九八九年一月、わたしはMAR(マネージド・アカウント・レポーツ)社の会議で「成功する資産運用の心理学」というテーマで講演をし、一部を自尊心とそれがトレードの成績にどう影響するかというトピックに充てた。要は、人間は自分の信念に基づいて自分の世界を作り出す傾向があり、なかでも最も重要な信念のひとつが自分自身に対する思い込み、つまり自尊心だということだ。実際は、思い込みはヒエラルキーの形を取ることが多く、自分自身に対する思い込みが最も上位にくる。また、自分に自信がある人は投資家やトレーダーとして成功する可能性が高い。ほとんどの人は自分に自信を持っていない。残念ながら、それが並みの投資家の成績が悪い大きな理由なのである。
自尊心がないといかにトレードの成績に悪影響が及ぶかを、具体的な例を挙げて説明してみよう。わが社の顧客のビルは―個人が特定できないように仮名を使うが―、子供のころにいろいろな出来事を経験したせいで自分を好きになれず、成功するなんてとんでもないと思っており、万が一、投資で成功するようなことがあれば自分のことも好きになるだろう、とずっと思っていた。しかし、実際には何をしていたかというと、投資の成績の足を引っ張るようなことばかりを続け、そうした自分に対する考え方を正当化していた。なぜなのだろう? ビルの自分に対する考え方は真実であり、彼のパフォーマンスはその信念に基づいていたからである。ビルに必要なのはセルフイメージ(自己像)を改善することだった。そうすれば成績もおのずと上がってくるはずだ。そしてビルがそのセルフイメージを変えた途端、トレードの成績は劇的に良くなっていった。
一九八九年の会議で、わたしは四〇〇人以上の出席者に自尊心の程度を測るための質問用紙を配った。得点は四〇点満点で、自尊心が高い人ほど〇点に近い。そして得点が五点未満だった人は何人ぐらいいるかと尋ねたところ、手を挙げたのはひとりだけ。それがトム・バッソだったのだ。会議が終わってから、わたしは直接二人で話をする機会を得たが、バッソはわたしが過去に出会った人のなかでも最も自尊心の高い人のひとりだという結論に達した。これを機に、バッソとわたしは良い友人になった。今言えるのは、わたしのバッソに対する印象はそのときから変わっていないということだ。
バッソ自身の言葉を借りるとこうだ。
「トレーダーは自尊心の高さを感じることが大切ですね―ただ、優れたトレーダーになるのに必要な規律を自分のエゴが邪魔するようではいけません。つまり、高い自尊心を感じているからトレードのプロセスに集中できるわけで、それで望みの結果が得られるんです。たいていの場合、トレードで良い仕事をすれば良い結果がついてくるものですよ」
『マーケットの魔術師―米トップトレーダーが語る成功の秘訣』(パンローリング)の著者であるジャック・D・シュワッガーは、一九九一年にニューヨークで共催した「最高のパフォーマンスに向けて」と題したセミナーの終了後にバッソにインタビューをしているが、シュワッガーによると、自分自身のトレードで一番手本にしたいと思ったのがバッソだそうだ。そこで、バッソにはトレーダーのかがみとして、多くのセミナーで参加者の質問に答えてもらっている。
わたしが喜んで本書の序文を書くのには、もうひとつ理由がある。それは、バッソが投資を成功させるための重要なカギを理解しているからだ。バッソは第一に自分はビジネスマンであり、トレーダーとしてのパーソナリティーは二番目であると考えていた。そのビジネスマンとして、相場への取り組み方が素晴らしいのだ。とにかく計画的で、何かが起きる可能性があると、事前に頭のなかであらゆる可能性について考えるのだ。当然、そうするべきだ、と。細かく計画を立てることが、おそらくトレードで成功するうえでは欠かせない要素のひとつなのだ。しかも、バッソはわたしが知るだれよりもそれを実践している。
バッソはこう話している。
「わが社のお客様やビジネスにかかわる生活が複雑になるに従い、何かが起きる可能性も高くなります。お客様から電話が掛かってくることもありますし、トレード上の問題が起きることもあります。また、コンピューターが故障したりプログラムの不具合が起きたりもします。毎朝、いつも職場に向かって車を運転しながら、そんなことを考えているんですよ―その日起こるかもしれないあらゆることをよく考えてみるということです」
「最高のパフォーマンスに向けて」と題したセミナーでも、バッソは常に参加者のために時間を取り、アドバイスを与えたり質問に答えたりしている。われわれはセミナーの一部の時間をバッソのために空けているが、彼はセミナーが終わるまでずっと、夕方になっても、またセミナーが終わったあとでも参加者の要望に応えている。さらに、バッソは毎日午後の時間を顧客のサポートに充てている。自分の資金がどう運用されているのか、といった個人的な心配事に答え、惜しみなくアドバイスを与えている。長年にわたって顧客にアドバイスを与えるという経験がなければ、本書を書き上げるのは不可能だったに違いない。わたしはそう確信している。
「なるべくこう考えるようにしているんです。つまり、自分が運用しているのはお客様のお金なんだ、自分のお金じゃないんだと。けっしてそれを忘れてはいけません。西海岸のある証券マンが、『資産運用業界では、利益と安心を売っているんですよ』と言っていましたが、わたしは昔から、利益よりも安心のほうが大切だと思っているんです。もしお客様が安心できなければ離れていきます。それに、安心というのは必ずしも利益とは関係がないんです。もし自分の仕事でお客様のニーズを満たすことができれば、お客様は満足してこれからもずっとついてきてくれるでしょう」
バッソは本当に素晴らしい人である。どんな投資家でも理解できるシンプルで落ち着いた語り口でその識見を惜しみなく披露してくれる。うれしいかぎりである。
バン・K・タープ博士(バン・K・タープ・アンド・アソシエイツ社)
■はじめに
資産運用ビジネスをしていて良かった。そう感じることが何度もある。このような本を執筆できるのもそのひとつだ。他人の資産を運用し始めてかれこれ一七年になるが、今でも多くの人が自分の資金をうまく管理運用できていないことに驚いている。わたしは投資のことで試行錯誤を続けている多くの人と出会った。資産運用業界に対しては手厳しい人が多いが、なかにはもっともな理由がある場合もあるが、そのほかの人は単に知識がないだけであり、資産運用という問題にどう対処したらよいのか分からないようだ。
残念ながら、本書で紹介する事例はすべて実話である。要点をはっきりさせるために、実際には別々の二つの状況を組み合わせてひとつにしたものもあるが、両方とも実際にあった話である。切なくなるものもあれば、笑えるものもあるが、ためになる話ばかりである。
本書はもともと、わが社の顧客に読んでもらうために執筆を思い立ったものである。顧客がもっと賢明な投資をするようになれば、自分もそれだけ顧客のために仕事ができるようになる、というのがわたしの持論である。そうすればわが社ももっと成長できるはずだ。わが社の成功は顧客の幸せと結びついているからだ。だがその後、激励してくれる人がいたこともあり、証券外務員やファイナンシャルプランナー、マネーマネジャー、そして一般の投資家たちにも本書を手に取ってもらいたい、本書の内容がそれらの人々にも役に立つのではないか、と考えるようになった。
特定の資産運用業界や特定のタイプの投資家を挑発するつもりはない。株式のポートフォリオマネジャーや投資組合、先物運用のプログラム、証券外務員のなかには良いものもあれば悪いものもある。投資業界の欠陥を指摘しつつも、わたしが強調したいのは、どんな形態の投資業界においても誠実で効果的なものを見つけだすことができるということである。肝心なのは、われわれ資産運用業界の人間が顧客のことを考え、顧客に投資に関する豊富な知識を身につけてもらえるようにすることである。成功する投資のプロセスに関して顧客が理解を深めてくれれば、悪徳業者も市場から駆逐され、投資家保護のために奮闘する弁護士も要らなくなる。
フラストレーションなしの資産運用に向けて第一歩を踏み出したいと思っているすべての投資家に本書をささげたい。
どうか楽しみながら読んでほしい。
トム・バッソ
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