『企業に何十億ドルものバリュエーションが付く理由
企業価値評価における定性分析と定量分析』
著 者 アスワス・ダモダラン
監修者 長尾慎太郎
訳 者 藤原玄
2018年8月発売
定価 本体3,800円+税
A5判 上製 392頁
ISBN978-4-7759-7235-9 C2033
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一度も利益を上げたことのない企業が何十億ドルものバリュエーションを付けるのはどうしてなのだろうか。なぜ巨額の投資を得られるスタートアップ企業が存在するのか。ファイナンスの教授であり、投資家としても経験豊富なアスワス・ダモダランが、数字を肉づけし、用心深い投資家にもリスクをとらせ、企業価値を高めるストーリーの力について論じている。
ビジネスの世界には、説得力あるストーリーを語るストーリーテラーと、有意義なモデルや会計数字を作り出す計算屋とが存在する。事業を成功させるにはどちらも欠かせない存在ではあるが、両者が組み合わさることで事業は大きな価値を生み出し、維持することができるのだとダモダランは主張する。
本書ではさまざまなケーススタディを通じて、どのようにすればストーリーテラーが数字を見事に語り、また計算屋が綿密な調査にも耐え得る、より想像力に富んだモデルを構築できるかを記している。ダモダランはウーバーの登場を検証し、バリュエーションに違いが生まれるのを理解する鍵となるのはストーリーであることを論じている。
ツイッターやフェイスブックはなぜIPO(新規株式公開)で何十億ドルもの価値が付いたのか、またひとつ(ツイッター)は停滞し、もうひとつ(フェイスブック)は成長を続けるのはなぜかを検証している。また、ダモダランはアップルやアマゾンなど、より確立されたビジネスモデルにも目を向け、企業の歴史がストーリーを強化も制限もすることを示している。また、ブラジルの世界的鉱山会社であるヴァーレの例を通じて、外部のストーリーの影響、国家やコモディティならびに通貨がどのように企業のストーリーを形づくるかを示してもいる。本書は数字をめぐるストーリーの効果や問題点、そして危険性を明らかにするとともに、どうすればストーリーの妥当性を評価することができるのかを伝えるものである。
「ダモダランは、ジョセフ・キャンベル、ウォーレン・バフェット、ナシーム・タレブのような最高のクオンツアナリストが交わる場所へとわれわれを誘ってくれる。彼の取り組みは、ストーリーテリングまたは数字遊びのどちらかだけに依拠することで自らのバイアスに陥っているアナリストたちが見逃している、新たな価値やリスクを明らかにしてくれる。ダモダランは、アリババ、アマゾン、ウーバー、テラノス、フェラーリなどのストーリーや分析、バリュエーションをわれわれに伝えてくる。彼はクオンツとして、そのキャリアをスタートさせたのかもしれないが、今やもっともバランスの取れたアナリストの1人であり、ビジネスと金融の素晴らしいストーリーテラーであり、作家であり、指導者である」――デビッド・フォスター(ビジネス・バリュエーション・リソーシズCEO)
「ダモダランによる対位法のケーススタディによって、バリュエーションが優れた読み物へと昇華している。今を感じさせる事例で自己批判を行うことで、優れたバリュエーションには脳の右側と左側の双方が必要になることを読者に示している。つまり、計算屋たれ、ストーリーテラーたれ、ということだ」――トーマス・E・コープランド(サンディエゴ大学スクール・オブ・ビジネス・ファイナンス担当特別教授)
「指導者として多くの者にバリュエーションを教えてきたダモダランは、定量的なバリュエーションの公式だけでは不十分であることを実証している。つまり、もっと定性的なビジネスのストーリーも用いなければならないということだ。だが、定性的な分析には危険性もあり、自らのバイアスをストーリーに織り込んでしまう可能性があるのだ。そこで、ダモダランは、ストーリーをより形式的な定量的分析へと見事に転換し、チェック・アンド・バランスを保つことで、信頼性の高いバリュエーションを生み出している」――スティーブ・ペンマン(『アカウンティング・フォー・バリュー』の著者
「ストーリーテリングに伝統的な財務分析とバリュエーションとを見事に結びつけたのはダモダランが最初であろう。本書は、伝統的なバリュエーションとビジネスプロモーションの双方にとって礎となる可能性がある。それぞれの分野の人々が互いのツールを活用することの利点を示しているからだ。ダモダランは自らの体験を通じて、数字に説得力を持たせるためにはストーリーが必要であることを教えてくれている」――ポール・ジョンソン(ニクサ・インベストメント・アドバイザーズ創業者・上級顧問)
一般に企業価値評価には、バランスシートを精査して数字を積み上げていく方法、同業種の企業との比較に基づいた算出法、そして将来における収益のフローを現在価値に割り引くDCF法などがある。独創的なビジネスを手掛ける成長株の場合には、その価値評価は前二者にはなじまないことから、主として3番目の方法がとられることになる。そこでは、評価対象となる企業やそれを取り巻く環境の未来についての予測が伴うが、将来は常に不確実であり、キャッシュフローは想定するストーリーによって大きく変わってしまう。
だが、著者が本書で解説しているように、いったん前提とするストーリーが決まれば、それを一つ一つ数字に落とし込んで具体的な企業価値を算定することが可能である。もちろん、成長株では特に、市場価値は実体から長期にわたってかけ離れることがあるために、正しく評価して投資したからといって、それが利益につながるという保証はどこにもないし、ストーリーによる解釈は分かりやすい反面、語り手が間違っていても自分でそれを訂正することは心理的に至難であるという欠点を持つ。
しかしいずれにせよ、成長企業の真の価値などだれにも分からないのだ。もともと厳密な予測やモデル化などできない対象を扱う場合の次善の策として、仮説(ストーリー)に基づく演繹で価値評価を行い、事実の進行に照らしたフィードバックによって仮説を変えていくというのは悪くない方法なのではないか。なぜなら、成長株投資においては企業の価値評価の正確性に大した意味があるわけではなく、それは実際にはほかの市場参加者がその企業の価値をどのように見積もっているのかを推定して対処することを競うゲームだからである。
そこで重要なのは定量的評価による価値評価の精緻さではなくて、他人の評価の総体を効率良くかつ高頻度で参照し、粛々と自身のビューに反映させていくことである。その意味では、著者がインターネットにナラティブな表現を使って自分のアイデアを投げかけることで、多くの人の意見を募り、第三者の視点によるストーリーの訂正の機会を確保していることは注目に値する。これはネット上の集合知を投資に利用する方法として秀逸であり、今後も大きな可能性がある。
翻訳にあたっては以下の方々に心から感謝の意を表したい。翻訳者の藤原玄氏はいつもどおりとても丁寧な翻訳を、そして阿部達郎氏は丁寧な編集・校正を行っていただいた。また本書が発行される機会を得たのはパンローリング社社長の後藤康徳氏のおかげである。
2018年7月
長尾慎太郎
中学生になるころには、世界はストーリーテラー(文系)と計算屋(理系)とに分断される。そして、ひとたび分断されると、彼らは、それぞれの好ましい居場所にとどまろうとする。計算屋タイプの人間は、学校でも数字を使う授業を求め、大学でも数字がものをいう分野(エンジニアリングや物理化学や会計学など)に進む。そして、時間が経過するにつれて、ストーリーテラーとしての能力を失っていく。ストーリーテラーたちは、学校でも社会科学の分野に籍を置き、自らのスキルを磨くべく、歴史や文学や心理学などを専攻する。それぞれのグループは互いを恐れ、また疑うようになり、MBA(経営学修士)の学生として私のバリュエーションの講義に参加するころには、その疑いはもはや橋渡しができないほどに深いものとなっている。世界には2つの部族が存在し、それぞれが自分たち独自の言葉を話し、自分たちだけが真実を語っており、ほかの部族が語っていることは誤りだと確信しているのだ。
私は、ストーリーテラーというよりもむしろ計算の世界の人間であり、バリュエーションの講義を始めたばかりのころは、同族の者たちばかりを相手にしていた。バリュエーションの問題に取り組むなかで、私が学んだもっとも重要な教訓は、ストーリーの裏づけがないバリュエーションは魂がなく、信頼に足らないものであり、われわれの記憶に残るのはスプレッドシートよりもストーリーのほうである、ということだ。私の性には合わないことだったが、バリュエーションとストーリーとを結びつけるようにし始めると、6年生のころから無視していたストーリーテラーの世界が改めて見えてきたのである。私はいまだ本能的には左脳人間であるが、自分の右脳の働きを再発見したのだ。このストーリーを数字に結びつけようとする(またはその逆)経験こそが、本書を通じて伝えようとしたことである。
個人的なことではあるが、本書は私が単独で著す最初の書籍である。「私」や「私の」という言葉を繰り返し使っていることを不快に感じ、エゴをむき出しにしているように思われるかもしれないが、個別企業のバリュエーションについて記しているときは、企業やその経営者たちに対する考えだけでなく、その全体像に対する私の考えも踏まえて、それらの企業のストーリーを記しているのだと考えている。つまり、2013年のアリババ、2014年のアマゾンとウーバー、2015年のフェラーリに関するストーリーを語り、それらのストーリーをバリュエーションに落とし込んでいく試みを記していくことになる。「われわれ」という表現を用いて、読者である皆さんに私のストーリーを押しつけるよりも、自由にそれを受け入れるか、反対するかにしてもらったほうが、よほど正直であろう(かつ、おもしろい)と考えている。実際に、本書を通じて、たとえばウーバーといった企業に関する私のストーリーを知り、同意できない部分について考え、読者独自のストーリーを構築し、それに基づいた企業のバリュエーションを行ってもらうことが最良だと考えている。実在の企業に関するストーリーを記すことの危うさとして、現実世界では予期しないことが起こり、私のストーリーが誤ったもの、時に取り返しのつかないほどの誤りとなることがある。私はそれを恐れるよりも、むしろ歓迎している。なぜなら、それによって自分のストーリーを見直し、改善、補強することができるからだ。
私は、本書のなかで幾つもの役割を演じることになる。もちろん、外部の投資家として企業を観察し、評価することに多くの時間を割いている。それこそが私がもっとも頻繁に演じる役割であるからだ。また、時には新たな事業の可能性や価値を、投資家や顧客や潜在的な従業員に納得させようとする起業家や創業者の役割を演じることもある。私は何十億ドル規模の企業を創業したことも、築き上げたこともないので、説得力がないと思われるかもしれないが、幾ばくかの役には立てると考えている。最後の数章において、上場企業の経営陣の目を通して、ストーリーテラーと計算屋との関係を見ていく。ここでも、私は人生で一度も企業のCEO(最高経営責任者)を務めたことがないことを断っておく。
本書を読んだ計算屋が、私のテンプレートを利用して、彼らが行った企業のバリュエーションを裏づけるストーリーを構築し、またストーリーテラーがどれほど創造的なものであっても、自分たちのストーリーを数字に落とし込むことができるようになることが私の目標である。さらに言えば、本書が2つの部族(ストーリーテラーと計算屋)の橋渡しとなり、彼らが共通言語を手にし、互いの役に立つようになることを望んでいる。
2020年9月9日、原著の版元から訂正が届きました。 編集途上では間違いを発見できませんでした。 お詫びします。
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