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ダモダランの投資教室

ダモダランの投資教室
企業を評価し、銘柄を選び、利益を手にする方法

2025年1月発売/A5判 240頁
ISBN978-4-7759-7334-9 C2033
定価 本体2,800円+税

著 者 アスワス・ダモダラン
監修者 長岡半太郎
訳 者 藤原玄

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目次訳者まえがき

ブルームバーグ・ビジネスウィーク誌「全米ビジネススクール教授のトップ12人」に選出
「バリュエーションの司教」によるバリュープレー!

 本書で、「バリュエーションの司教」であるアスワス・ダモダラン教授はバリュエーションの基礎を抜き出し、重要な要素を過不足なく伝え、投資家が容易に理解できて、投資して勝てる企業を見つけるために、少数の入力値だけを用いて簡単に利用できるモデルを披露している。そのなかで、あらゆるバリュエーション方法を取り上げている。本源的バリュエーションや割引キャッシュフローによるバリュエーション、マルチプルバリュエーション、相対バリュエーション、リアルオプションバリュエーションにも言及している。読者は企業を素早く評価できるようになるだけでなく、株式調査リポートが行ったバリュエーションについても、それが本当に合理的なものかどうかを判断できるようになるだろう。

 本書はさまざまなカテゴリーの企業の価値の要素を詳しく調査し、その価値の要素がそれぞれのカテゴリーで重要となる理由を説明している。取り上げるカテゴリーには、若いグロース企業、グロース企業、成熟した企業、衰退している企業、金融サービス企業、無形資産からなる企業が含まれる。それぞれ対応する価値の要素は、収益や拡張性ある成長、株式のリスクや無形資産の特徴といったものとなる。

 ダモダランはiPhoneやiPadで利用できるuValueというアプリで本書を補完している。これを用いると株式のバリュエーションを簡単かつ直感的に理解できるようになる。読者は企業に関連する数値を入力したり、その数値を提供するデータサービスと結びつけたりすることで、企業の本源的価値や相対価値を素早く推定できるようになる。最新のケーススタディーも、投資家が株式や企業を評価する感覚を身に付け、理解するうえで役に立つだろう。

 本書は、より繊細かつ正確なバリュエーション方法を開発し、シンプルだが効果的なバリュエーションツールと、成功するための公式を求めている個人投資家には必読の1冊である。

本書への賛辞

「本書は機関投資家にも洗練された個人投資家にも価値ある知見をもたらしてくれる。インカムに基づく『本源的』分析と、市場に基づく『相対的』分析の範囲のなかで、幅広いカテゴリーの銘柄の『価値の要素』と、目を向けるべき最も重要な要素、そしてそれぞれのカテゴリーの銘柄のバリュエーションで、それらの要素をどのように取り扱うべきかを見いだしている」――シャノン・プラット(シャノン・プラット・バリュエーションズ会長兼CEO)

「本書はリトルブックかもしれないが、大変な破壊力のある1冊である」――マイケル・モーブッサン(『まさか!?』『投資の科学』の著者兼モルガンスタンレー・インベストメント・マネジメント・カウンターポイント・グローバル)

「本書はリトルブックでも何でもない。彼の数百ページに及ぶ過去の著書で取り上げた事業価値評価の基礎を形作るすべてが、同じ厳格さと明確さ、鋭さ、機知とともに本書に盛り込まれている」――アナント・K・サンダラム(ダートマス大学タック・スクール・オブ・ビジネス教授)

「この素晴らしい1冊を私の生徒や友人に薦めたい。本書はしっかりした理論とベストプラクティスを見事に結び付けている。初心者でも十分に理解できる。また、金融の専門家にとっても重要な1冊である。迷わず手にするべきだ」――パブロ・フェルナンデス(スペイン・IESEビジネススクール・ファイナンス教授)


著者紹介

アスワス・ダモダラン(Aswath Damodaran)
The Little Book of Valuation : How to Value a Company, Pick a Stock, and Profit

ニューヨーク大学スターン・スクール・オブ・ビジネスのファイナンスの教授。デビッド・マーゴリス・ティーチング・フェローでもある。彼は大学でコーポレートファイナンスと株式のバリュエーションを教えており、ウェブサイトでもオンラインで聴講できる。『資産価値測定総論1 2 3』『企業に何十億ドルものバリュエーションが付く理由』(パンローリング)、『コーポレート・ファイナンス――戦略と応用』(東洋経済新報社)、『ダモダラン・オン・バリュエーション』など、バリュエーションやコーポレートファイナンスや投資に関する著作がある。

原題: The Little Book of Valuation : How to Value a Company, Pick a Stock, and Profit
by Aswath Damodaran


本書への賛辞

「本書は機関投資家にも洗練された個人投資家にも価値ある知見をもたらしてくれる。インカムに基づく『本源的』分析と、市場に基づく『相対的』分析の範囲のなかで、幅広いカテゴリーの銘柄の『価値の要素』と、目を向けるべき最も重要な要素、そしてそれぞれのカテゴリーの銘柄のバリュエーションで、それらの要素をどのように取り扱うべきかを見いだしている」――シャノン・プラット(シャノン・プラット・バリュエーションズ会長兼CEO)

「本書はリトルブックかもしれないが、大変な破壊力のある1冊である」――マイケル・モーブッサン(『まさか!?』『投資の科学』の著者兼モルガンスタンレー・インベストメント・マネジメント・カウンターポイント・グローバル)

「本書はリトルブックでも何でもない。彼の数百ページに及ぶ過去の著書で取り上げた事業価値評価の基礎を形作るすべてが、同じ厳格さと明確さ、鋭さ、機知とともに本書に盛り込まれている」――アナント・K・サンダラム(ダートマス大学タック・スクール・オブ・ビジネス教授)

「この素晴らしい1冊を私の生徒や友人に薦めたい。本書はしっかりした理論とベストプラクティスを見事に結び付けている。初心者でも十分に理解できる。また、金融の専門家にとっても重要な1冊である。迷わず手にするべきだ」――パブロ・フェルナンデス(スペイン・IESEビジネススクール・ファイナンス教授)


立ち読みコーナー(本テキストは再校時のものです)

目次

監修者まえがき
まえがき

第1部 全力で進め――バリュエーションの基礎
 第1章 価値、それは数字以上のもの――地形を理解する
 第2章 取引の電動工具――時間価値、リスク、そして統計
 第3章 すべての資産に本源的価値がある――本源的価値の決定
 第4章 すべて相対的である――相対価値の決定
 第5章 ストーリーと数字――ストーリー、価値、価格

第2部 揺りかごから墓場まで――ライフサイクルとバリュエーション
 第6章 前途有望――若いグロース企業を評価する
 第7章 成長には痛みが伴う――グロース企業を評価する
 第8章 バリュエーションのバイアグラ――成熟した企業を評価する
 第9章 終末の日――衰退する企業を評価する

第3部 殻を打ち破る――バリュエーションの特殊な状況
 第10章 バンク・オン・イット――金融サービス企業を評価する
 第11章 ジェットコースター投資――シクリカルな企業、コモディ

結論――交通法規


監修者まえがき

 本書は、ニューヨーク大学スターン・スクール・オブ・ビジネスの教授であり、資産価値評価およびコーポレートファイナンスに関して多くの著作を有するアスワス・ダモダランによる『The Little Book of Valuation : How to Value a Company, Pick a Stock, and Profit』の邦訳である。これはページ数こそ控えめであるが、株式の価値評価に関する理論と実践を織り交ぜた貴重な1冊であり、ベンジャミン・グレアムを祖とするセキュリティーアナリシス(安全性分析)に基づくバリュー投資の道統に連なるものである。類似書籍としては、コロンビア大学の関係者による『パーフェクト証券分析』(パンローリング)が挙げられるが、後者が主に機関投資家や学究の読者を念頭に置いているのに対し、本書は一般投資家に向けた入門書として、より実践的かつ分かりやすい内容で展開されている。

 近年、株式投資におけるグロース銘柄の優れたパフォーマンスを背景に「バリュー投資は死んだ」といった主張をよく聞くが、バリュー投資とは単なる割安感に基づく投資法ではけっしてない。それは、投資対象の本質的な価値を評価し、その価値と市場価格とを対比させることによって、安全性を確保したうえで実行される正統的な投資戦略である。そして、実際にはすべての投資は広義のバリュー評価に基づいている。この視点から見ると、「バリュー投資」という言葉自体が実は冗長であるとも言える。

 価値評価に基づく投資は、確固たる堅実さを持ったものであるが、この堅実さは「利益が少ない」「魅力がない」という意味ではけっしてない。むしろ、価値評価が確実で、安全性が高ければ、強力なレバレッジをかけることも可能であり、リスクを明確に認識したうえでヘッジを行えば、優れたポジションを合成することもできる。

 この投資手法の最も顕著な利点は、市場の短期的な動向に過敏になる必要がない点にある。市場予測はしばしば信頼性に欠け、そこに投入される努力の多くは無駄に終わる。それはたとえ一時的に成功を収めたように見えることがあっても、結局はうたかたの夢にすぎず、そのような試みを行うほとんどの投資家は、ラットレース(働いても、働いても、一向に資産がたまらない状態)の不確実性に精神的な疲弊を抱えながら生きることになる。

 本来、投資活動とは価格の予測や短期的な市場の動きに依存するものではなく、むしろ時間の流れとともに自然に経済的成果を生み出す仕組みを構築することである。そこでは勝ち負けを意識する必要はない。そして、その仕組みをデザインするための基盤技術が資産価値評価であり、その背後にある哲学がバリュー投資なのである。

 本書の刊行に際し、以下の方々に深く感謝申し上げる。藤原玄氏は精緻で正確な翻訳を実現していただいた。阿部達郎氏には丹念な編集・校正を行っていただいた。また、本書が発行されたのはパンローリング社の後藤康徳社長のご支援によるものである。

 2024年12月

長岡半太郎


まえがき

 グーグル、テスラ、エヌビディアの株式に実際にどれだけの価値があるかご存知だろうか。買ったばかりのコンドミニアムや住宅についてはどうだろうか。気にする必要があるのだろうか。株式や債券や不動産の価値を知ることが投資で成功する前提条件ではないかもしれない。だが、個人投資家がもっと情報に基づいた判断を下す役には立つ。

 多くの投資家が資産の評価を面倒な仕事と考えている。つまり、自分たちのスキルからすれば気が遠くなるほど複雑なものだ、と。結果として、彼らはプロ(株式の調査アナリストや鑑定士たち)任せにするか、完全に無視してしまう。私は、バリュエーションは本質的にシンプルで、情報を集め、分析するために時間を費やそうとする者ならだれにでもできることだと思っている。本書でそれを示そうと思っている。また、実際のバリュエーションに付随する神秘的な雰囲気を取り除き、アナリストや鑑定士が下したバリュエーションの判断に目を向け、それが合理的かどうか、自分自身で判断できるようにする方法を伝えられればと思う。

 バリュエーションのモデルには細かい情報が必要になる。一方で、企業の価値は少数の重要な要素によって決まり、それは企業ごとに異なる。そのような価値の要素を求めて、インドのオンライン・フードデリバリー企業であるゾマトのような若いグロース企業から、ユニリーバのような成熟した企業までライフサイクルを横断して目を向けるだけでなく、シェルのようなコモディティ企業からシティグループのような金融サービス企業まで多様なセクターにも目を向ける。本書に付属するウェブサイトと携帯アプリには、このようなバリュエーションを行うためのスプレッドシートが掲載されているので、数字を変えたり、更新したりすることでその影響を理解できる。さらに深掘りしたければ、利用できる情報源へのアクセスをウェブサイトにも掲載している。

 おまけがある。企業の価値を左右する要素を理解していれば、バリュープレーを見いだせるようになる。つまり、掘り出し物の銘柄である。本書を読むことで、投資したいと思っている企業や事業の価値を評価できるようになり、その知識を用いてより情報に通じた投資家になるだけでなく、投資で成功できるようになってほしいと思っている。本書を読めば、投資家として成功し、お金持ちになれるのだろうか。必ずしもそうではないが、投資の間違いを回避し、投資詐欺に気づくための道具を得ることはできるだろう。

 さあ、始めよう。

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第1章 価値、それは数字以上のもの――地形を理解する

 オスカー・ワイルドは皮肉屋を「あらゆるものの価格は知っているが、いかなるものの価値も知らない者」と定義した。同じことが、投資はゲームだと考え、勝ち続けることが勝利だと定義している多くの投資家にも言える。

 健全な投資の前提条件とは、投資家は資産の価値を上回る価格を支払わないことである。この前提条件を受け入れるならば、自分が買おうとしているものの価値を、少なくともあらかじめ評価しようとしなければならない。価値とは見る人次第であり、あらゆる価格はその投資対象にそれだけの価値があると考える投資家が存在するかぎり、正当化されると主張する者たちがいることは分かっている。だが、それは明らかにバカげている。その資産が絵画や彫刻ならば認識が何よりも重要かもしれないが、金融資産は将来受け取ることが期待されるキャッシュフローを求めて買うのである。株式の価格は、将来より高い価格を支払う投資家が存在するだろうというだけでは正当化されない。それでは高価な椅子取りゲームをしているのと同じであり、音楽が止まったときに自分がどこにいるのかという問題になってしまう。

2つのバリュエーション方法

 結局のところ、バリュエーションモデルは数多く存在するが、そのバリュエーション方法は2つだけである。つまり、本源的バリュエーションと相対バリュエーションだ。本源的バリュエーションでは、シンプルな前提から始める。資産の本源的価値は、その資産が将来に生み出すだろうキャッシュフローと、そのキャッシュフローがどれほど不確実だと思うかによって決まる。キャッシュフローが多く、安定している資産は、キャッシュフローが少なく、安定しない資産よりも価値があるはずである。家賃収入が少ないだけでなく、時期によって空室率が大きく変わる投機的な不動産よりも、店子が高い家賃を長期にわたって支払ってくれる不動産により高い価格が付くはずである。

 原則として本源的バリュエーションに注目すべきで、ほとんどの資産は相対的に評価されている。相対バリュエーションでは、資産は類似の資産の市場価格に目を向けることで評価される。そのため、ある住宅にいくら支払うかを決めるには、近隣で販売された似たような住宅の価格に目を向けることになる。株式では、たいていの場合、「ピアグループ」に属する類似の銘柄と価格を比較する。つまり、エクソンモービルは、ほかの石油会社の株価が利益の12倍で取引されているときに、8倍で取引されていれば買うべき銘柄だと考えられる。事業や資産に数字を当てはめるこの方法論は、本源的バリュエーションとは哲学的にも異なり、ファンダメンタルズよりも他人がいくら支払うつもりかによって決まるので、われわれは相対バリュエーションを説明するときには「価格付け」という言葉を用いる。

 本源的バリュエーションは、事業や株式の価値を決める要素の全体像を明らかにする。だが、今日市場で事業や株式がいくらで売れるかについては、価格付けのほうがより現実的な推定値が得られる場合もある。1つの投資対象の数字を割り出すために両方の方法論を用いるのは構わないが、必要となる道具は異なるので、自分が資産を評価しようとしているのか、価格付けをしようとしているのかを必ず理解しなければならない。

どうして気にしなければならないのか?

 市場に参加する投資家たちの投資哲学は多岐にわたる。市場が上向く前に買おうとするマーケットタイマーもいれば、成長率や将来の潜在的な利益に基づく銘柄選択を奉じる者もいる。  株価チャートを熟読し、自らをテクニカルアナリストと分類する者もいれば、財務比率を算出し、ファンダメンタルズの分析を信奉する者もいる。これは企業が生み出す特定のキャッシュフローを掘り下げ、それに基づいて価値を導き出そうとする方法である。短期的な利益を求めて投資する者もいれば、長期的な利益を求める者もいる。これらすべての投資家にとって資産の評価方法を知るのは有益だが、いつどのように用いるかは異なる。マーケットタイマーはあるアセットクラス(株式、債券、不動産)が割高か割安かを割り出すにあたり、バリュエーションや価格付けを用いることができる。ストックピッカーはどの銘柄が割安で、どの銘柄が割高かを判断するために、個々の企業のバリュエーションを利用する。テクニカルアナリストでさえ、上昇基調にあった銘柄が反転して下落を始めた場合、またはその逆の場合に、モメンタムに変化があったかどうかを見極めるためにバリュエーションを利用できる。

 だが、価値や価格を評価する必要性は、投資やポートフォリオマネジメントに留まらなくなっている。企業のライフサイクルのすべての段階でバリュエーションや価格付けが果たすべき役割がある。事業拡張を検討している小さな未公開企業にとっては、資本を増やすためにベンチャーキャピタルやプライベートエクイティーの投資家に接触するときに価格付けやバリュエーションが重要な役割を果たす。ベンチャーキャピタリストが注入する資本の見返りに求める企業の株式数は、彼らが推定する企業の価値(価格)によって決まる。企業が成長し、株式公開することになった場合、企業にどれだけの価値があるかという評価が公開時の価格を決める。事業が安定したら、どこに投資するか、どれだけ資金を借り入れるか、株主にどれだけ還元するかの判断は、それが価値にどのような影響を及ぼすと考えるかに影響される。会計処理すら影響を受ける。会計基準の世界的なトレンドで最も重要なのが、公正価値会計への移行である。これは貸借対照表(BS)上の資産を当初の取得費用ではなく、公正価値で評価するというものだ。そのため、貸借対照表を簡単に読み進めるにも、バリュエーションの基礎や価格付けの基本を理解しておく必要がある。

バリュエーションに関するいくつかの真実

 バリュエーションの詳細に取り掛かる前に、バリュエーションに関する一般的な真実をいくつか記しておく価値はある。それは他者が行ったバリュエーションに目を向けるときの考え方だけでなく、自分自身でバリュエーションを行うときの安心材料ともなる。

すべてのバリュエーションにはバイアスがかかっている

 真っさらな状態で企業や株式の評価を始めることはほとんどないだろう。たいていの場合、バリュエーションモデルに数字や自分が用いている指標を入力し始める以前に、企業や株式に関する自分の見解は形作られており、当然ながら自分の結論はバイアスを反映したものになる傾向がある。

 バリュエーションのプロセスの最初のバイアスは評価する企業を選ぶときに発生する。そのような選択はランダムではない。その企業に関する何か良い報道か、悪い報道を目にしたのかもしれないし、特定の企業が割安か割高だとするコメンテーターの話を耳にしたのかもしれない。企業を評価するために必要な情報を集めるときにもバイアスはかかる。年次報告書やほかの財務諸表には会計数値だけでなく、経営者による業績説明が掲載されており、業績数値について最大限都合の良い解釈をしていることが多い。

 プロのアナリストの場合、すでに大きいこのバイアスに、組織の要素が加わる。例えば、株式の調査アナリストは担当している企業と良好な関係を維持する必要があり、またそのような企業から別のビジネスを獲得している雇用者からプレッシャーを受けているので、売り推奨よりも買い推奨のほうが多くなる。このような組織の要素に、割安な企業や割高な企業を見いだすことに伴う賞罰の構造が加わる。割安な企業や割高な企業を見いだすかどうかで報酬が決まるアナリストたちにはそのようなバイアスが働く。

 バリュエーションに用いる数値も自らの楽観論や悲観論を反映したものになる。そのため、自分が好む企業にはより高い成長率と低いリスクを用いる可能性が高くなる。また、バリュエーション後の飾り付けもある。これは優れた点(シナジー効果、支配権、経営陣の質など)のプレミアムを乗せることで推定した価値を高めたり、悪い点(流動性の無さ、リスクなど)について割り引いて価値を引き下げたりすることである。

 常に自らのバイアスについて正直でなければならない。なぜこの企業を評価しようと思ったのだろうか。企業の経営陣は好きか、嫌いか。すでにその企業の株式を保有しているか。可能であれば、バリュエーションを始める前に、このようなバイアスを書き出すとよい。さらに、企業に関する背景調査は、情報を集めるに留め、意見を探し求めるべきではない。言い換えれば、企業に関する株式調査リポートを読むことよりも、その企業の財務諸表に目を通すことに多くの時間を費やすべきである。企業に関する他人のバリュエーションに目を向ける場合、常にその評価の理由、そしてアナリストの判断に影響を与えている可能性があるバイアスについて考えるべきである。概して、バリュエーションのプロセスでバイアスが多ければ多いほど、そのバリュエーションの判断の説得力は低くなる。

バリュエーション(優れたものであっても)は誤り

 幼いころから、正しい段階を踏み、正しいモデルを用いれば、正しい答えにたどり着く、答えが正しくなかったら、それは何かを間違えたに違いないと教えられてきた。精度は数学や物理のプロセスの質を測る優れた尺度だが、バリュエーションの質を測るにはお粗末な尺度になる。将来に関する最良の推定値も、いくつかの理由から現実の数字とは合わないだろう。第一に、自らの情報源には非の打ち所がないとしても、生の情報を予想に転換しなければならず、その段階で間違いを犯すと推定誤差につながる。次に、企業に関する想定が絶望的なまでに間違いとなることもある。企業の業績が予想よりもはるかに優れたものになるかもしれないし、はるかにひどいものになるかもしれない。その結果、利益やキャッシュフローは自分の推定値とは異なるものになる。これは企業特有の不確実性と考えるべきである。例えば、2001年にシスコを評価したとき、われわれは将来同社が買収による成長を続けていくことがどれほど難しいかを著しく過小評価していたので、結果として同社を過大評価していた。最後に、企業が予想どおりに発展するとしても、マクロ経済環境の変化は予想がつかない。金利は上がることもあれば、下がることもあり、経済は予想よりも好調なことも不調なこともある。われわれが行った2019年11月のマリオットのバリュエーションは、あとになって見れば絶望的なまでに楽観的に思える。それは2020年の世界的なパンデミックと、それがホスピタリティー業界に与えた経済的影響を予想していなかったからだ。

 どのような不確実性に直面するか、どれほど不確実かは企業によって異なり、投資家に及ぼす影響もさまざまである。まず、若いグロース企業を評価する場合には、成熟した企業を評価する場合よりも大きな不確実性に直面するので、バリュエーションを精度で判断することはできないということである。そして、不確実性は無視したからといって、なかったことにはならない。企業を評価しようとするだれもが同じ不確実性に直面するので、将来の見通しがあまりに不確実だからといって企業の評価を避けるのは意味をなさない。最後に、より多くの情報を集め、分析しても、必ずしも不確実性が低下するわけではない。不確実性は推定誤差が原因なのではなく、将来は不確実であるという現実を反映してもいるからである。

シンプルなほど良い

 バリュエーションは過去20年でますます複雑になっており、その原因は2つの進歩にある。1つは、コンピューターと計算機がかつてよりも高性能かつ利用しやすくなっているので、データ分析が容易になっている。もう1つは、情報がますます豊富になり、入手するのも利用するのも容易になっている。

 バリュエーションでは、どれだけ細かいバリュエーションを行うべきかという根本的な疑問があるが、そのトレードオフは分かりやすい。詳細になればなるほど、具体的な情報を利用し、より良い予測ができるできるチャンスがある。だが、より多くのデータを入力する必要性が生まれるので、その1つ1つで誤りを犯す可能性があり、バリュエーションモデルがより複雑かつ分かりにくいものになる。物理科学で広く知られるオッカムの剃刀を参考に、シンプルな規則を示す。資産を評価する場合は、できるかぎりシンプルなモデルを使うことを勧める。3つの入力値で資産が評価できるなら、5つを使ってはならない。向こう3年間の予想で企業が評価できるならば、10年分のキャッシュフローを予想するのはトラブルのもとである。少ないほうがより良いのだ(Less is more)。

さあ、出発!

 ほとんどの投資家は企業の評価をしないことを選び、さまざまな言い訳をする。バリュエーションモデルが複雑すぎる、十分な情報がない、またはあまりに不確実すぎるといった具合である。これらすべての理由にはいくらかの真実があるが、取り組まない理由はない。バリュエーションモデルを簡潔にすることはできる。今ある情報でバリュエーションを行うこともできる。そして、将来は常に不確実なのである。あとになって間違っていたことが分かることがあるだろうか。もちろんだ。だが、だれでもそうだろう。投資は正しければ成功するのではない。ほかのだれよりも誤りを減らすことで成功するのである。


関連書籍


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企業に何十億ドルものバリュエーションが付く理由

クオリティ・グロース投資入門

バフェットからの手紙【第8版】

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