本書にはマーケットのそうしたノイズとチャンスを見極めながら、有望なバイアスだけをトレーディングシステムに取り込んで利益につなげるため、ヒストリカルなデータで検証されたいろいろなトレーディングアイデアが提示されている。ベテラントレーダー兼システム開発者、講演者兼著述家として多方面で活躍しているアート・コリンズは、本書のなかで次のようなテーマについて論じている。
監修者まえがき
本書は、アート・コリンズが金融先物のシステムトレードについて著した“Beating the Financial Futures Market”の邦訳である。コリンズといえば『マーケットの魔術師【システムトレーダー編】』『マーケットの魔術師【大損失編】』の著者兼インタビュアーとしても知られており、同時にシステムトレードに関して深い造詣を持ち、また自分自身でも多彩なトレードシステムを稼動させてきた実践家でもある。
さて、一般的にシステムとは「もともとはバラバラであった多くの要素が、効果的に統合され互いに関連を持ちながら、全体として共通の目的を達成するための集合」と定義される。一方、メカニカルトレードとは「個々のトレードの意思決定や執行にトレーダーの裁量を入れず、事前に定められたルールやアルゴリズムに従って機械的に行われる一連のトレード」を指す。そして「システムトレード」とは、一般にこれら二者の概念を組み合わせたものを指すとみてよいだろう。
だが、一般投資家の方にとっては、後者である「裁量を入れないメカニカルなトレード」という部分に魅力を感じることが多いのか、本来トレードシステムの一部品である「トレードルール」に関心が集中しているようだ。しかし、トレードシステムにおいて、それを旧来のトレード手法と分けているのは、まさにシステム的な構成要件に存在するのである。つまり、ここにおいても、要素の吟味、階層構造の構築、確率モデルの選定、シミュレーションの実施、最適化手法の選択、クリティカルパスの見極めといった一般的にシステム工学で必要とされる概念・行為が不可欠であり。それによって、複雑でランダム見えるマーケットの変化のなかで、多くの説明変数を効率的に使って収益の獲得を図っているのである。
もちろん、トレードシステムの構築に必要な、システム工学的な知識や技術といったものについては、すでに日本人や外国人が書いたものを問わず良書が多く出ているし、インターネットからも有益な情報を入手することができる。その意味では、システムトレードを試みようとする投資家に必要なのは、こうしたシステム工学的な観点を背景に持った「トレードルールやアルゴリズム」の解説書だということになろう。本書にはほかでは得られない新規なアイデアを含め、実践家の著者ならではの、無駄のないしっかりとした「トレードルールやアルゴリズム」が数多く記載されている。読者におかれては一つ一つの章をよく吟味し各々のトレードに役立てていただきたい。
最後に、本書の出版に当たっては、訳者の関本博英氏、編集者の阿部達郎氏、パンローリング社の社長である後藤康徳氏に感謝の意を表したい。本書は金融先物を中心に据えたトレードシステムの解説がなされているが、それに限らずさまざまなマーケットにおいて、ここに記されているアイデアが役に立つはずである。本書が読者の成功の一助になることができれば、また望外の幸せと言えよう。
2008年3月長尾慎太郎
第45章 何がメカニカルなトレードなのだろうか
1.終値が20日間移動平均よりも高いときは、翌日の始値+前日レンジの75%の水準
にストップ注文を置いて買う(売りはこの逆)。損切り注文と利益目標は置かずに、
この売買シグナルに従ってドテンしていく――これはメカニカルなトレードである。
2.過去25日間の最高値を買い、最安値を売るという25日ブレイクアウト手法を実行
していたが、FRB(連邦準備制度理事会)が金利政策を発表するというこの2日間はポ
ジションを手仕舞い、トレードを中止していた。FRBの決定が自分のトレーディングシ
ステムにどのような影響を及ぼすのかは分からないが、こうした不確実な状況のとき
はトレードしないのが賢明だと判断した――メカニカルなトレードシステムを持って
いるが、今はメカニカルトレードをしていない。
3.上記と同じ状況の下で、今度はFRBが金利政策を発表するときはトレードしないこ
とをトレーディングルールとして取り入れた。FRBによる金利政策発表日は事前に分か
っているからである。このルールによって運用成績は13%低下したが、パフォーマン
スの足を引っ張っていた2つの異常値を除去できたし、引き続き満足すべきパフォー
マンスを維持している――FRBの金利政策発表日にはトレードしないというフィルター
はひとつのトレーディングルールであり、メカニカルなトレードが崩れる条件とはな
らない。2と3の違いは、FRBの金利政策発表日にはトレードしないことをルール化す
るかどうかである。2ではその判断が完全に裁量的であるのに対し、3ではひとつの
トレーディングルールとなっている。
4.メカニカルトレードの支持線・抵抗線のルールに従って、大豆の買いポジション
を7.23 1/2ドルで手仕舞って利益を確定した。その直後に仲間のトレーダーが、「利
益目標に届かないその価格で利益を確定したのは賢明じゃなかったね」と言った。確
かに彼の言うとおりで、もう少し頑張っていれば利益目標は達成できたのにと思えて
くる――これはまったくメカニカルなトレードではない。そんなことをしていれば、
それはトレーディングルールに新しいフィルターを加えたのと同じである。それはヒ
ストリカルなデータで検証済みの信頼できるフィルターなのか。メカニカルなトレー
ドではトレードのたびごとにその場かぎりのルールを加えてはならず、長期のデータ
に照らしてその有効性を確認したうえで採用の有無を決定すべきである。
5.母がそわそわして電話をかけてきた。彼女は私が多額の株式を買ったことを知っ
ており、テレビでテロ事件について報道していたからである――母の心配に耳を傾け
るようではメカニカルなトレードとはけっして言えない。マーケットが開いていると
きはそうした電話に出てはならない。
メカニカルなトレードと裁量トレードのどちらがよいのかは一概には言えない。し
かし、シビアなメカニカルトレードを中途半端な気持ちで実行できないことだけはは
っきりしている。あなたがそうした人間のひとりであるならば、メカニカルなトレー
ドはしないことである。
第46章 メカニカルなトレードを100%実行しなさい
私はこれまでメカニカルなトレードを100%実行しなさいと繰り返し強調してきた。
換言すれば、これはメカニカルトレードのルールに違反しないということである。とりわけ大きな損益に対する恐怖心から1回でもこのルールの順守を怠れば、取り返しのつかないほどの損失を被るだろう。それを防ぐには実際のトレードに臨む前の冷静
なときに、想定されるあらゆる事態をトレーディングシステムのルールとして取り入
れるべきだ。こうした周到な準備をしておかないと、砲弾が飛び交う実際のマーケッ
トではただ狼狽するばかりである。
私は1987年10月のブラックマンデーのさなかにトレーディングシステムを閉じた。すでに空売りで2万ドルという1日では最大級の利益を手にしており、このツキが去っていく前に利益を確定したのである。しかし、結果的にはさらに5万ドルの儲けを取り損なった。一方、2002年に私とトレードパートナーは大きな含み損を抱えていたS&P500の買いポジションを裁量的な判断で手仕舞った。それ以降に相場は大きく反転し、含み損の4分の3を取り戻す水準まで回復した。トレーダーはだれでもこうした経験を何度も味わっているはずだ。取り損なった利益は実際の損失よりも悔しいものである。この2回の経験も私にとっては本当に悔しい思い出である。最初のとき(ブラックマンデー)に私は嫌いな仕事に就いており、あの5万ドルを手にしていたらこの嫌な仕事から解放され、1年間は遊んで暮らせたはずだ。二回目の2002年の失敗は私とパートナーを仲違いさせてしまった。それ以降もわれわれの関係は修復されていない。
メカニカルなトレードの大きなメリットは、規律のあるトレーダーであれば自分の
すべきことがはっきりしていることである。客観的で議論の余地のない行動プランは
目の前にある。私はこうしたメカニカルなアプローチの重要性を繰り返し訴えてきた
が、真面目に耳を傾けてくれる人はほとんどいなかった。多くのトレーダーは、メカ
ニカルトレードのひとつの足掛かりとなる本書についても、おそらく私の望むように
は解釈・利用してはくれないだろう。本書には私が個人的に開発・検証してきたト
レーディングアイデアがたくさん盛り込まれているが、それでも皆さんはそれらをた
だ受け入れれるのではなく、自分流にうまく活用してほしい。また、専門家の意見を
うのみにすることなく、自分のトレーディングアプローチを一歩ずつ構築していって
いただきたい。
メカニカルなトレードでも十分な当初資金は絶対条件である。ほかのビジネスと同
じように、トレーディングでも資金不足は失敗の最大原因となる。当初資金が少ない
と最大ドローダウンによってトレードそのものができなくなってしまう。メカニカル
なトレードはそのときの感情ではなく、ヒストリカルなデータに基づくべきであり、
「これ以上損失が膨らまないように、ここでトレードをやめてしまおう」などという
ことはあり得ない。こんなことは当たり前のことであるが、メカニカルトレードのコ
ンセプトを知り尽くしているはずのトレーダー(私の友人や私自身も含めて)でも、
しょっちゅう心が動揺している。メカニカルトレードの道は本当に厳しく、また孤独
なものである。トレーディングシステムのシグナルに完全に従って3回以上のトレー
ドができるトレーダーはほんの数えるほどしかおらず、またシステムの前にジッと座
ってその売買シグナルを100%実行できるトレーダーに至ってはいくらもいない。実生
活でも自分のエゴ、恐怖心、欲望などをうまくコントロールして規律ある生活を送る
のは至難の業である。私はときどき人間というものが本当に分からなくなる。
トレーディングシステムが指示する指値では注文が通らないときもある。帳入値が
なかなか決まらないこともそれほど珍しいことではなく、理論と現実の違いは毎日経
験しているだろう。2000年のナスダック株バブルの崩壊はわれわれに大きな警告を発
した。ヒストリカルデータや有効な売買シグナルといったものをよく理解し、トレー
ディングシステムを適正に最適化しなければならない(しかし、過剰最適化はダメ
だ)。これがうまくできれば、賢明にシステムを使いこなせるだろう。そしてトレー
ディングの基本原則は何回も見直すべきだ。生活に必要な資金でトレードしてはなら
ず、トレードで十分な利益を上げ続けることができなければ、今の仕事をやめてはな
らない。忍耐力がなければこのマネーゲームの世界では生き残れないが、トレーディ
ングシステムがもたらす合理的な利益を享受できるようになれば、もう一段のハイレ
ベルに進めるだろう。
トレーディングで飯が食えるようになれば、優れたメカニカルトレーダーが生き残
っている方法も分かるようになるはずだ。仕掛けや手仕舞いのルールと同じように、
それを自分のトータルなトレーディングアプローチに取り込むべきである。彼らはい
ろいろなシステムをどのように利用するのかを熟知しており、期待利益も合理的な確
率の基準に照らしてかなり保守的に見込んでいる。また、分散投資対象としてときに
ユニークな銘柄(乾繭先物やバルチック海運指数など)にも目を向けている。一見す
るとまったく相関性のないシステムが予想以上の補完性があるというケースもよく見
られ、『マーケットの魔術師【システムトレーダー編】』に登場するトレーダーの多
くもそうしたメリットを利用していた。
実際のメカニカルなトレードは決まったルールに基づいており、それほど難しいも
のではない。それを難しくしているのはわれわれ人間の心理である。したがって第二
の天性のようにメカニカルなトレードができるようになれば、楽しいゴルフのコース
に自然と足が向くのと同じようにマーケットに臨めるようになるだろう。成功できる
トレーディングシステムの開発とわれわれの心理が最終的にそれを受け入れられるか
どうかの大きなハードルは、まさにここにある。このハードルを乗り越えることがで
きれば、メカニカルなトレードもそれほど苦にならなくなるだろう。