第1部 コナーズRSIを利用したS&P500のトレード
第1章 はじめに
私は2007年に、世界のエンターテインメントの中心地であるロサンゼルスから世界の金融の中心地であるニューヨークに移った。そこでは、一流トレーダーやマネーマネジャーの多くと実りある時を過ごす機会に恵まれた。幸運にも、ある午後のひとときを過ごすことができた紳士の1人は、評判が良い証券会社の経営者だった。彼はかつて、2つの証券取引所で30年以上にわたって、S&P500銘柄の取引を行うスペシャリストとして働いていた。彼のトレード方針は、インターネットバブルとその崩壊が起きた1990年代後半から2000年代前半よりも前にトレードを学んだ数人のプロと非常によく似ていた。彼の方針は、「優良株だけを買う」というものだった。
「優良株だけを買う」とはどういう意味だろうか? 彼の考えでは、それは創業から何十年もたった有名企業で、自分でその事業内容が理解できる株だけを買うということだ。これは興味深い考えだ。ウォーレン・バフェットが広めた方針と同じだからだ。だが、バフェットはそれらの銘柄を買うと長く保有しがちなのに対して、この紳士は同じ銘柄の売買を繰り返して暮らしていた(それも、非常に良い暮らしだ)。彼は優良企業の株を2〜3日保有するほうが、ほとんど聞き覚えがなく値動きが激しい銘柄を保有するよりもはるかに安全だと感じていた。
金融市場で成功する者はだれであれ、「落ち着けるところ」でトレードをするから成功するのだ。この紳士の落ち着けるところはバフェットと同じく、なじみがあり、何十年後でも事業を続けていそうな会社の株にあった。彼はよく知らない会社には何の興味もなかった。「私は夜にぐっすり眠るのが好きなんだが、これらの会社の株を持っているとよく眠れるんだよ」と、彼は言った。あなたが「優良株を買う」という方針でいるのなら、彼と同じタイプだ。
彼にどういう方法でトレードをしているのかと尋ねると、ほほ笑んでためらいがちに、「安く買って高く売るんだ」と言った。私はにっこりしたあと、さらに探りを入れた。結局、彼は具体的な方法を打ち明けてくれた。正確な戦略を明かすことなく、彼のトレード方針の基礎を述べると次のようになる。
- アメリカの投資資金の大半はマネーマネジャーによって運用されている。それらの資金の大半は年金である。マネジャーたちは優良企業に投資するようにという指示を受けている。優良企業を見つけて投資するのに最適なところはS&P500である。
- S&P500の構成銘柄に投資される資金の大半は通常、バイ・アンド・ホールドの方針で運用されている。
- これらのマネーマネジャー、なかでも割安株に投資するマネジャーは機会があれば、それらの銘柄が一時的に安くなったときに買いを目指す。優れたマネジャーは割安株を見ると、それが割安だと分かるので、安値になったときを利用して保有株を買い増す。
- 安値で買いが入ると、それらの銘柄に「短期的なクッション」ができる。
- このクッションのおかげで、株価が下げ止まって再び上昇することがよくある(平均回帰を利用したトレードの核となる考え)。彼は数十年にわたって、証券取引所のフロアや自分の経営する証券会社でこうした値動きを見てきた。そして、安値で株を買い増そうと待ち受けている大口資金があるおかげで、株価が上昇する確率が高まる、ということを理解した(この点については、以降の章で裏付けとなる統計を示す)。
結局のところ、彼がよく知っていて信頼している銘柄には必ず大口資金が入ってくるということを、彼は分かっている。判断を誤ったときには、彼は手仕舞おうとする。判断が正しければ、利益を確定して次のポジションに移る。
この明快なトレード法は非常に理にかなっている。それは直観的に、正しいと分かる。これはもちろん、S&P500の構成銘柄すべてが常にこうした値動きをするという意味ではない。S&P500銘柄でも、エンロンやリーマン・ブラザース、それに多くの大手銀行株などは、特に2008年に下落したし、破綻した企業もあった。しかし、プロのトレーダーは何が起きているのか(株価が安くて魅力的になると、割安株を買う動きが現れる)や、なぜそうしたことが起きるのか(たいていは、単なる短期的な押し)を理解している。また、彼らは株価が上昇する確率を判断することができる。本章では、ここで述べたような買いの動きを裏付ける統計を提供するつもりだ。
どのように検証をしたか
- 2001年1月から2013年第1四半期(本章を書く直前の四半期)までのS&P500の全銘柄を調べた。
- 全銘柄には、エンロンやリーマンのような銘柄も含まれる。
- トレードシグナルが点灯したかどうかは、すべて大引けで見た。仕掛けはその翌日に指値注文で行い、手仕舞いはその日の平均価格を使って成行注文で執行されたと仮定した。
- スリッページと手数料は考慮しなかった。
この戦略に基づいた12年間のシミュレーションをすべて検討すると、2009年に例の紳士が私に述べたように、大手機関投資家は割安と見ると買いたがることが分かるだろう。また、市場の多くは長期的にはそれなりに効率的なので、短期的には割安になってもそうした状況が長くは続かないということも、彼らは知っている。したがって、そうした状況では、前に述べた紳士と同じく、賢明なトレーダーが割安なS&P500銘柄を買って、素早く――しばしば2〜3日以内に――利食いをする絶好の機会となる。
以降の章では、厳密なルールを紹介する。安く買って高く売る、ということを頭に入れておくのは良いが、一般論だけでは役に立たない。S&P500銘柄のトレードで成功するためには、検証期間にだけ良い結果が得られるルールではなく、具体的で簡単に使えるルールが必要だ。私たちは読者にそうしたルールや、ルールで使える多くの変数、それに10年以上に及ぶ検証結果のすべてを提供する。本章を読み終えるころには、S&P500の構成銘柄をいつ買って、いつ手仕舞うべきかや、12年3カ月の検証期間に、どういうリターンが得られたかが分かるだろう。この時期は下落、上昇、暴落、それから再び上昇という、長期投資家にとっては全体的に見て苦しい期間だった。だが、S&P500指数の構成銘柄をいつ売買すべきかが分かっている人にとっては、素晴らしい期間だった。
本章に満足していただければ幸いだ。これを読んだあと、S&P500銘柄のトレードについてさらに学びたいと思ったときは、私たちのウェブサイト(http://www.tradingmarkets.com/)を見てほしい。
それでは、先に進もう。
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