2017年5月発売/四六判 494頁
ISBN978-4-7759-7217-5 C2033
定価 本体3,800円+税
著 者 イェフェイ・ルー
監修者 長尾慎太郎
訳 者 井田京子
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本書は、長年、投資の成功パターンを探してきたバフェット信奉者への贈り物とも言える1冊で、バフェットの長期投資のポートフォリオを詳細に分析している。経験豊富な投資家のイェフェイ・ルーは、バフェットが1958年に投資したサンボーン・マップ・カンパニーを手始めに、シーズキャンディーズ、ワシントン・ポスト、ガイコ、コカ・コーラ、USエア、ウェルズ・ファーゴ、IBMなど全部で20の主な投資先を検証している。彼は、バフェットの投資組合時代の手紙や内部書類、年次報告書、第三者の資料、そのほかの独自の情報を使って、バフェット特有のタイミングや直感、外部情報の活用、投資後の行動などについて正確に指摘し、そのなかで、すべての投資家がさまざまな会社(大規模、小規模、国内、国外を問わず)への投資でまねができるかどうかを考えている。この充実した年代記は、世界の出来事やアメリカの株式市場の変動なども考慮したうえで、バフェットの最も重要な特性は彼の幅広い専門性かもしれないと推測している。
イェフェイ・ルー(Yefei lu) ドイツのフランクフルトにあるバリュー投資会社シェアホルダー・バリュー・マネジメントAGのポートフォリオマネジャー。前職は、ミュンヘンの資産家の資金管理やベルリンのマッキンゼー&カンパニーに勤務。スタンフォード大学で経済学を学び、ロンドン・ビジネス・スクールでMBAを修得。 |
第1部 投資組合の時代(一九五七〜一九六八年)
第1章 一九五八年――サンボーン・マップ・カンパニー
第2章 一九六一年――デンプスター・ミル・マニュファクチャリング・カンパニー
第3章 一九六四年――テキサス・ナショナル石油
第4章 一九六四年――アメリカン・エキスプレス
第5章 一九六五年――バークシャー・ハサウェイ
第2部 中期(一九六八〜一九九〇年)
第6章 一九六七年――ナショナル・インデムニティ・カンパニー
第7章 一九七二年――シーズキャンディーズ
第8章 一九七三年――ワシントン・ポスト
第9章 一九七六年――ガイコ(ガバメント・エンプロイース・インシュアランス・カンパニー)
第10章 一九七七年――バッファロー・イブニング・ニュース
第11章 一九八三年――ネブラスカ・ファニチャー・マート
第12章 一九八五年――キャピタル・シティーズ/ABC
第13章 一九八七年――ソロモンへの優先株投資
第14章 一九八八年――コカ・コーラ
第3部 後期(一九九〇〜二〇一四年)
第15章 一九八九年――USエア・グループ
第16章 一九九〇年――ウェルズ・ファーゴ
第17章 一九九八年――ジェネラル・リ
第18章 一九九九年――ミッドアメリカン・エネルギー・ホールディングス・カンパニー
第19章 二〇〇七〜二〇〇九年――バーリントン・ノーザン
第20章 二〇一一年――IBM
第4部 私が学んだこと
第21章 バフェットの投資戦略の進化
第22章 私たちがバフェットから学べること
付録A バフェット・パートナーシップ・リミテッドのパフォーマンス(一九五七〜一九六八年)
付録B バークシャー・ハサウェイのパフォーマンス(1965〜2014年)
「ウォーレン・バフェットが50年以上に及ぶ投資生活のなかで行った20の主な投資に関する明解で役に立つ分析。ルーは、バフェットがそれぞれの投資先のリスク・リワードを評価するときに注目したカギとなる要素を分かりやすく説明している。長期投資に関心があるすべての人に、たくさんの教訓を与えてくれるだろう」――ジョン・エルカン(エクソールS.p.A会長兼CEO)
「ウォーレン・バフェットは、彼の投資理念については詳しく語っているが、実際の投資については残念ながらあまり語っていない。ルーは、昔の年次報告書を掘り起こし、彼自身の深い洞察を加えることで、バフェットの投資の仕方を理解するためのパズルの欠けているピースを見事に埋めてくれた」――ロバート・ビナール(RVキャピタル最高投資責任者)
「イェフェイ・ルーは、バフェットがそのキャリアを通して行ってきた主な投資を、非常に分かりやすく振り返ってくれた。本書は、バフェットが投資を検討していたときに見たであろう情報をできるだけそのままの形で紹介し、それをルー自身が分析することによって、投資時のバフェットの立場に立った分析が体験できる画期的なリサーチになっている。読み進めていくと、バフェットとともに、彼の投資家としての成長に大きな影響を与えた洞察に至った気分まで味わうことができた」――ジョエル・コーエン(MITインベストメント・マネジメント・カンパニー)
本書は、バリュー系運用会社のポートフォリオマネジャーであるイェフェイ・ルーがウォーレン・バフェットの投資の軌跡について解説した“Inside the Investments of Warren Buffett : Twenty Cases”の邦訳である。世にバフェットの投資手法について知りたがる人は多いが、一般に投資に関する書籍で一番価値があるのは、本人が解説したものである。だが、バフェット自身は書籍を書き下ろしておらず、したがって、バークシャー・ハサウェイの年次報告書そのもの、もしくは年次報告書の抜粋でローレンス・カニンガム教授によって慎重なコーディングが施された『バフェットからの手紙』(パンローリング)が、現状では最も重要な一次資料ということになる。
だが、著者も指摘しているとおり、バフェットの投資スタイルは年を経るごとに、あるいは資産規模が大きくなるに従い変化してきており、決まったプロトコルにまとめてひとくくりにして理解することは難しい。また、狭義のバリュー投資は一般になじみがないこともあって、一次資料を提示されただけでその神髄を把握できる人はごくわずかにすぎない。このため、バフェットの投資手法については、これまで多くの誤った解釈がなされてきた。
こうした状況で必要なのは、この奥が深い投資手法を翻訳してくれる通訳者の存在である。著者はバフェットの投資案件のうち二〇のケースを時系列に従って紹介するとともに、プロの資産運用者の立場から独自の分析や解釈を加えることで、バリュー投資の具体的な考え方や方法を分かりやすく伝えることに成功した。本書は、バフェットの投資を経営の観点から捉えた『バフェットの経営術』(パンローリング)と並び、読むべき「バフェット本」の最高位に位置づけられるものである。
翻訳にあたっては以下の方々に心から感謝の意を表したい。まず翻訳では井田京子氏に正確で分かりやすい訳出を実現していただいた。そして阿部達郎氏は丁寧な編集・校正を行っていただいた。また本書が発行される機会を得たのはパンローリング社社長の後藤康徳氏のおかげである。
2017年4月
本書の目的は、バフェットの投資人生をたどることによって、右のような疑問に答えることにある。なかでも、バフェットのキャリアにおいて特に大きな影響を与えたと考えられる二〇の投資に注目した。特に参考になりそうなさまざまなタイプの投資を選び、その断面図を比較してみたのだ。また、それぞれの投資が行われた時期の相対的な規模についても考えてみた。
これらのカギとなる投資を分析するに当たり、私はバフェットが投資判断を下したときの行動に注目した。当時、彼やそれ以外の投資家が目にしたであろうことを考慮して、第三者の視点で彼の行動を理解しようと試みたのだ。また、必要に応じてバフェットと同じ時期に同じ会社を分析していたアナリストの視点に立ってみることで、バフェット独自の見方を明らかにするという試みも行った。つまり、これまで多く書かれてきたバフェットの伝記的な本とは違い、本書は彼の主要な投資に対する姿勢のみを伝えるものになっている。しかし、その投資に関しては、できるかぎりバフェット自身が用いた独自の資料や当時の実物の情報を読み、これまで紹介されてきたバフェットの投資に関する数々の情報(彼の株主への手紙を含めて)をさらに深く掘り下げることを目指した。そうすることで、バフェットが主な投資先について行った現実的な分析を紹介すると同時に、それぞれのケースについて、読者自身もそれぞれの洞察や結論を得てほしいと思っている。
本書は時系列の三部構成になっている。第1部は、バフェットがバークシャー・ハサウェイを買う以前の、非公開の投資組合であるバフェット・パートナーシップ・リミテッドを運営していた一九五七〜一九六八年に投資した五つの会社を詳しく見ていく。第2部は、バークシャー・ハサウェイとして投資を始めた最初の二〇年間(一九六八〜一九九〇年)に投資した九つの会社を詳しく見ていく。第3部は、一九九〇年以降のバークシャーの投資を見ていく。各部の冒頭には、バフェットのキャリアにおけるそれぞれの投資の位置付けと、彼がほとんどの投資を行っているアメリカの株式市場のその当時の状況を簡単にまとめてある。そして、投資先の詳しい状況は、各章でケーススタディーの形で紹介していく。第4部は、バフェットの投資家としての進化を見ていく。また、バフェットの主な二〇の投資先を自分で分析してみたことで学んだバフェットの投資哲学や戦略と、そこから得た教訓も紹介していく。
バフェットの特定の投資について見ていく前に、私が用いた分析方法を定義しておきたい。私は投資先を調べるときとき、まずはその会社の質的要素と背景を理解し、そのうえで事業価値を算出することにしている。事業価値は、主にその会社の収益のなかで私が持続的だと考える部分に基づく本質的価値を用いて算出した。ただ、多くの会社については、循環性を考慮して調整を加えた。また、状況に応じて維持向上のための設備投資(CAPEX)について、有形資産や無形資産の償却費を調整した会社もあれば、前年の収益をそのまま使った会社もある。さらに、一貫性と単純さを保つため、事業価値の指標として先の調整を加えた平常化利益で計算したEV/EBIT(企業価値÷[当期経常利益+金利支出−金利収入+法人税など])を主に使い、PER(時価総額÷平常利益、または株価÷一株当たり利益)はあまり用いていない。ただ、いくつかの適当だと思うところについては、利益に基づいた評価の代わりに(またはそれと合わせて)、資産に基づいた評価を用いている。ちなみに、私が選択した質的評価と事業価値の算出方法は、会社を評価する唯一の方法ではない。それに、私の分析には解釈を必要とする部分が多分にあり、さらに調整を行えばもっと正確な解釈ができた部分も間違いなくある。しかし、全体として見れば、取り上げた会社について入手可能なデータに基づいた正確な分析が提供できるよう努力したつもりだ。本書の分析は、私の理解と解釈によるバフェットの投資判断を十分反映したものになっていると思う。
バフェットの投資を分析していて私が特に注目に値すると思ったのが、投資先の会社に関する情報の質だった。例えば、バーリントン・ノーザン・サンタ・フェ(BNSF)を見てみよう。バフェットがこの会社を調べ始めたとき、彼が持っていた情報(おそらく当時の真剣なアナリストも入手できた情報)は極めて質が高かった。BNSFは、だれでも入手できる年次報告書に詳しい財務情報だけでなく、鉄道事業を分析するために非常に適切な経営指標を載せていた。例えば、輸送トンマイルの収益、一〇〇〇トン当たり輸送収入、顧客満足度の点数などの情報が数年分継続的に報告されており、これは投資を検討している人にとって、業績の年ごとの推移を理解するために必要な客観的なデータだった。そして何よりも、長年、CEO(最高経営責任者)兼会長を務めるマシュー・ローズが主な事業分野とそれを牽引する要素などについて明確に説明していた。例えば、消費者向けの製品部門は、九〇%が国内外の製品の輸送で(輸送量は国際貿易量によって変わる)、一〇%は自動車部品である(輸送量は地域の自動車業界の業績によって変わる)としている。そしてさらに、この事業にこの先必要となる資本と、この製品分野において鉄道がほかの輸送手段(特に、トラック)よりも効率的な理由についても述べている。つまり、健全な投資をするために必要な質的洞察を裏付ける検証可能な客観的データを提供しているのである。BNSFにおけるバフェットの洞察は、このような鉄道事業でネットワーク密度が高くなれば将来の資本集約度は下がり、ROCE(投下資本利益率)は上がっていくということだった。そして、効率性が上がれば、製品輸送において鉄道が占める割合は、この先何十年も増えていく可能性が高くなると考えられる。
バフェットの投資について、あらゆるケースにおいて常に変わらないのは、彼が調べたい会社に関する客観的なデータを豊富に見ていたことである。アメリカン・エキスプレスの場合、バフェットはこの会社の質について、クレジットカードやトラベラーズチェックの長期的な展望や、サラダオイル事件のもたらす損害が一部地域限定的で、短期的だという洞察を裏付ける情報を持っていた。同様に、コカ・コーラについては、国際展開と消費の増加(八オンス缶の年間消費量)を裏付ける客観的なデータがあったため、同社の成長を確信していた。バフェットが対象の会社のすべての側面を熱心に調べていたことは間違いないが、なかでも具体的かつ客観的なデータでしっかりと裏付けがとれるケースを重視していたのである。
バフェットは、このような情報を年次報告書だけでなく、業界データなどからも得ていた。米国鉄道協会は、毎月、アメリカの主要な鉄道すべての詳細な運行データを発表していた(例えば、営業係数や休止時間)。これを読めば、投資家は特定の鉄道会社の月ごと、あるいは年ごとの業績を知ることができるだけでなく、同業他社との比較もできる。同様に、バッファロー・イブニング・ニュースの場合は、バッファロー地域の発行部数や業界レベルの広告にかかわるデータがあった。バフェットは、客観的なデータが多く手に入る業界に引かれていった。このことは、投資の成功に質の高い情報が入手できることが不可欠であるという教訓を裏付けている。逆に言えば、投資家の質的な洞察を裏付ける質の高いデータがなければ、投資はしないことが最善策なのかもしれない。
このことは、バフェットが特定の業界で繰り返し投資をする戦略にもつながっている。彼は厳選したいくつかの業界に、さらに集中して投資するようになったことで、質の高い情報の意味をより深く理解し、その知識を繰り返し使う手法に磨きをかけていった。例えば、ワシントン・ポスト紙の購読者数や解約率や、営業利益率を詳しく知っていたことが、バッファロー・ニュースを評価する助けになったことは間違いない。全体として見ると、バフェットが繰り返し投資している業界(メディア、保険、ブランド製品など)は、どれも客観的な情報が豊富にあるように思える。たくさんの客観的な情報に基づいていることで、バフェットは自信を持って大きな賭けに出ることができ、それが集中投資につながっているのである。
説明しよう。バリュー投資家の多くは、「堀」(耐久性のある競争力)のある会社を探している。多くの人にとって、これはネットワーク効果や、切り替え費用、規模のメリットなどといった質的な優位性を持った会社を探すために時間を割くことである。また、量的には、現在の利益やリターンの詳細な分析をすることである。なかでも注目したい指標で、バフェットもある程度把握しているのが、維持費(維持のための資本的支出)を除いた現金利益である。ほかにも、数量的な指標としてバリュー投資家がよく用いているのが、前述の利益をTCE(使用総資本)か何らかの投下限界資本で割って求める使用有形資本利益率である。ただ、これらの要素も会社を精査するための適切で価値ある指標ではあるが、バフェットの投資を分析したことで得た教訓は、それよりも会社の将来の展望について信頼できる予測ができるかどうかということだった。
本書で取り上げた会社のほとんどは、バフェットが投資する以前の収益と利益が極めて安定的に成長していた。これらの多くは、投資前の一〇年間中九年は収益や利益が増加していたのだ。そこまで素晴らしい実績を上げている会社はそう多くはない。バフェットは明らかに過去の安定的な財務内容と良いデータを重視しており、それを使って継続的な成長(収益と利益の)を質的に理解し、このような業績が継続していくという結論に達していた。例えば、バフェットはアメリカン・エキスプレスについて、外国旅行をする人が増えれば、同社のトラベラーズチェックの需要も高まるという洞察を得た。BNSFについては、もともと燃料効率が良い鉄道による貨物輸送は、引き続きトラック輸送のシェアを奪っていくだろうという洞察を得た。しかし、好業績が続くことを、競争力や複利力や現在の利益よりも重視するのはなぜだろうか。まずは競争力について考えてみよう。
私の経験では、競争力というのはかなりあいまいなものだ。実際の競争力を明確に表したり理解したりできる場合もあるが、そのためには何らかの一貫した過去の財務状況やデータでそれを確認する必要がある。そうでなければ、競争力と言いながら、実質的に意味のない堀探しにもなりかねない。例えば、ブラックベリーにはかつて課金モデルやプライベートサーバーという堀があると言われていた。そういう部分もあったかもしれないが、二〇一一〜二〇一四年にかけて売り上げが八〇%以上落ち込んで赤字に転落すると、財務的に堀の存在はまったく無意味だった(ブラックベリー、かつてはリサーチ・イン・モーションとして知られていた会社は、収益が二〇一一年は二四八億カナダドル、二〇一四年は四六億カナダドルと報告している)。実際の構造的優位性を探すためには、理屈よりもそれを裏付ける数字や客観的なデータを探すほうが信頼できそうに思える。
複利力と現在の利益については、多くの投資家が過度に時間をかけて細かく計算しているが、その必要がないことはすぐに分かる。投資家にとって、現在の利益を調べることは重要だ。会社の企業価値評価をつかむことができるからだ。ROCを理解することも大事だ。それが資本コストを大きく上回っていないかぎり、複利的な成長はできないからだ。しかし、会社の本当の価値は将来の利益の総額なのである。投資家が現在の利益が八〇ドルなのか、八二ドルなのか、七九ドルなのかを正確に計算してもあまり意味はない。それよりも、五年後の利益がおおよそ七〇〇ドルなのか、一五ドルなのか、三〇〇〇ドルなのかということのほうがずっと重要なのである。同様に、ROCが高いことは複利力の条件のひとつではあっても、会社の将来の展望が明確でなければ、それだけで十分とは言えない。ROCEが五〇%という素晴らしい会社でも、収益や利益の成長率が〇%ならば、その会社は利益を成長事業に再投資することができないため、ROCが劣る会社と比べても高いROCのメリットがない場合もあるのだ。
そう考えると、私は調査時間の八〇%を直近の利益やROCを厳密に計算することに使うよりも、利益成長率が非常に安定している会社や、その成長を明確に裏付ける質の高いデータを探すことにより多くの時間を割くべきだと考えるようになった。正確さに固執して、間違ったことに時間を浪費しないでほしい。
このことについて詳しく見てみよう。一九六一年末に投資組合の出資者に向けた手紙のなかで、バフェットは投資組合の三つの主な戦略について詳しく述べている。一つ目は「通常」の投資として、彼が本質的価値よりもかなり割安であると考える証券を挙げている。このなかには、典型的なバリュー投資と言われるもの、つまり資産価値や利益よりも安く、長期で保有するつもりの証券が含まれている。これらは、割安の状態がいつ修正されるのかは分からないが、いずれ上がることが期待できるとバフェットは言っている。つまり、投資家は支払った価格よりもはるかに大きな価値を得ることができるのだ。彼は経験上、この種の株はマーケットと連動しているため、マーケットが下げればその株も下げ、マーケットが上がればその株も上がるということを知っている。ただ、割安で買うことで大きな安全域が期待できるし、マーケット全体が下げたときでもこれらの株の下げ幅は比較的小さくてすむ。
二つ目の戦略は「ワークアウト」、つまりリターンが会社の活動(合併、清算、再編、スピンオフほか)によって左右される投資先である。バフェット曰く、このタイプの投資先はマーケットの影響をあまり受けず、一〇〜二〇%の比較的安定した平均リターンが期待できる。そのため、このタイプのリターンはマーケットが下落したときはそれを大きく上回るが、マーケットが高騰しているときはそこまで大きくは上がらない。また、このタイプは、通常の割安株と違って企業活動に合わせて利益見通しを立てることができるケースが多い。
三つ目の戦略は、バフェットが直接支配できるか、大株主として積極的に業務に影響を及ぼすことができる会社である。このタイプは先の二つのタイプと重なる場合もあるが、バフェットの目的は資産や運転資本や、後年になると、事業改善によって会社の隠れた価値を引き出すことにある。彼はこれを「支配シチュエーション」と呼んでいる。
バフェットの全体的な目的は、三つの戦略を組み合わせて使って長期的にマーケットを上回ることにある。彼曰く、マーケットが大きく下落したときはそれよりも小さな損失にとどめ、マーケットが急騰したときはそれと同じか少し劣る利益になることを望んでいる。また、彼はチャンスのパイプラインを構築したいと考えている。最高の投資タイプは、マーケットの状況によって変わるため、投資家はマーケットの変化に気づき、反応しながら最も有望なチャンスを探していかなければならない(バフェットは、三つの投資戦略とそれをいくつかの場面で実現することができれば、チャンスは比較的たくさんあるとさまざまな場面で語っている。そのひとつが一九六一年のバフェット・パートナーシップの組合員への手紙[一九六二年一月二四日付]で、このなかで彼は資本が増えてきたことによって、支配シチュエーションのケースが増えてきたと書いている)。バフェットは、投資戦略を柔軟に使い分けることで、困難を克服してきた。優れた公開会社が妥当な価格で買えないときは、合併アービトラージに目を向け、それもないときは非公開会社を探した。そして、一九六八年にこれらの戦略が使えるチャンスがまったく見つからなくなると、投資の条件を妥協する代わりに投資組合を解散した。もし彼が割安株を買うときの条件が本質的価値の五〇%の安全域を設けることであれば、彼はそのようなチャンスが見つかるまで資金を投じない。もし経営陣の賢い資本配分能力を絶対的に信頼できることが条件ならば、それを曲げることはないのだ。
ここでの教訓は、投資家はマーケットに対してひとつの投資スタイルに固執しないことである。それよりも、さまざまな投資環境に対応できるよういくつかの異なるスタイルの専門性を磨いておけば、チャンスが訪れたときにそれを利用することができる。もし、チャンスが尽きたとしても、条件を緩めて投資してはならないのである。
バフェットが経営陣を評価するときに、過去の業績を重視しているのは明らかだ。例えば、ナショナル・インデムニティのジャック・リングウォルトについて考えてみよう。リングウォルトは、一九四〇年に兄弟のアーサーと共にナショナル・インデムニティを設立した。そして、一九六七年にバフェットが投資するまで、二五年以上この会社を経営し、リスクと成長のバランスをとりながら優れた業績を上げてきた。このような成功実績は、バフェットが投資している大企業でも見られる。アメリカン・エキスプレスのCEOのハワード・クラークや、コカ・コーラのCEOのロベルト・ゴイズエタも実績ある経営者で、少なくとも数年以上はその職にあった。彼らのような経営者に共通するもうひとつの点は、年次報告書が詳細かつ誠実に書かれていることで、そこからは事業に対する独自の洞察が見て取れる。バフェットにとって、過去の成功をもたらした経営者の実績を考慮しないで投資するのは例外と言える。その注目すべき例外がワシントン・ポストで、バフェットが投資したとき、経営者のキャサリン・グレアムアは急死したフリッツ・ビーブのあとを継いだばかりだった。ただ、このケースでもバフェットは主要部門を率いていた三人、新聞部門のジョン・プレスコット、ニューズウィークのオズボーン・エリオット、放送部門のラリー・イズリオの実績は調べていた。また、グレアムについては、のちにかなりのメンタリングを行うようになった。
ちなみに、バフェットはオーナー経営者、つまりその会社の社主やその会社に尽くしている経営者や個人的なつながりを持っている経営者を特に高く評価しているように見える。これは明確な場合とそうでない場合がある。ナショナル・インデムニティのジャック・リングウォルトやネブラスカ・ファニチャー・マートのローズ・ブラムキンは、それぞれの会社を創設したオーナー経営者だった。キャサリン・グレアムも、ワシントン・ポストの社主の娘だった。一方、いくつかのケースでは、直接的な利益分配契約によって実質的なオーナー経営者と言える人や、バフェット自身やその会社との関係があったことでバフェットが指名したケースなどがある。後者には、デンプスター・ミルのハリー・ボトル、バークシャー・ハサウェイのケン・チェイス、バッファロー・イブニング・ニュースのスタン・リプシー、ミッドアメリカン・エネルギーのウォルター・スコットとデビッド・ソコルなどがいる。大企業にはもちろんプロの経営者もいるが、バフェットは長期間、その会社で優れた実績を上げてきたことが明らかな経営者がいる会社に投資している。キャピタル・シティーズのトム・マーフィーやウェルズ・ファーゴのカール・ライカート、ジェネラル・リのロナルド・ファーガソン、BNSFのマシュー・ローズなどはそれぞれの会社で一〇年以上勤め、なかには二五年以上という人もいた。バフェットがオーナー経営者を好むのは、彼らの関心がこの会社を長く保有したい長期株主と一致しているからなのである。
バフェットが経営者を評価する条件はほかにもいくつかある。まず、彼は経営者について何よりも誠実であるべきだと考えており、そうでなければ頭の良さがむしろ投資家に害を与えかねないとまで考えている。また、彼は資本を賢く配分する能力が高い経営者も評価している。ただ、これは絶対条件ではなく、バフェット自信が保守的な配分方法を経営者に指南することもある。彼が、経営者を良い投資先を探すための最重要条件のひとつとみなしていることは明らかだ。最重要視していると言ってもよいかもしれない。彼は、会社のことを大事にしながら仕事に励む誠実で素晴らしい実績がある経営者を探すために、相当な時間をかけて経営者を知り、評価し、助言しているのである。
投資家からよく寄せられる質問のなかに、個人投資家がウォーレン・バフェットをどこまでまねをできるのかというのがよくある。私は、バフェットの投資生活において最も重要だと思う二〇のケースを調べたあと、このなかのかなりのケースが個人投資家でもできた投資だと感じた。このことは、特に後年の投資の多くに言える。また、ほとんどの投資家には実行できない非公開企業への投資についても、そこから得られる教訓は、同じタイプの公開会社への投資チャンスに応用できるものだった。私が見たかぎりで最大の問題は、バフェットにとって良い投資チャンスは、フルタイムで探しても、毎年数件程度しかないことだった。しかし、もし投資家が相当の時間を費やして忍耐強く探していけば、バフェットの投資から得られる教訓の多くを直接応用して、より良い投資を行う役に立つと思う。
バフェットからの手紙 [第4版] |
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