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ウィザードブックシリーズ Vol.111

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マーケットの魔術師 大損失編
――スーパートレーダーたちはいかにして危機を脱したか








『マーケットの魔術師
【システムトレーダー編】』


オーディオブック版
『株価指数先物
必勝システム』

定価本体2,800円+税
2006年11月10日発売/四六判 494頁
ISBN4-7759-7077-1 C2033

著者 アート・コリンズ
訳者 鈴木敏昭

トレーダーズショップから送料無料でお届け
「オススメの一冊」 | 目次 | 著者紹介 | 関連書籍
   
◆立ち読みコーナー 緒言 ・ 出版者から ・ 序文 ・ 私の失敗談 ・ 訳者あとがき  (本テキストは再校時のものです)

著者

アート・コリンズ

原書

『When supertraders
meet kryptonite』

窮地に陥ったトップトレーダーたちは、どうやって危機を乗り切ったか?

 本書は、35人のスーパートレーダーたちが大損失を喫したときに、それに真正面から対処した姿を描いている。損失はトレーダーならだれでも経験する不可避なものだが、大きな損失をくらったときスーパートレーダーたちがそれにどう取り組んだかを知ることは大いに役に立つだろう。並みのトレーダーにとって、偉大なトップトレーダーの損失から学ぶことはもっとも有益な学習経験のひとつといえる。

 35人のトレーダーたちの話はいずれも重要で、示唆と教訓に満ちている。
    ,覆屡爐蕕狼婉に立たされたのか、
    ▲Εザードたちはどんなところにつまづいたのか、
    4躓,亡戮辰疹況をどう解決・脱出したか、
    い修里箸スーパートレーダーはどんな感情的反応を見せたのか、
    イ匹鵑扮洞舛あとまで残ったのか、
    Ε肇譟璽澄爾燭舛呂修梁臑纂困砲茲辰堂燭魍悗咫▲肇譟璽妊ングスタイルはどんなふうに変わったのか、
    Г匹鵑陛世普通のトレーダーと同じだったのか(違っていたのか)

――これらのさまざまな問題ついて、35人のトレーダーがまれにみる率直さで著者のアート・コリンズと語り合っている。これらの話はどれをとっても、多くのトレーダーにとって身につまされるものである。話は時に悲しく、時にはブラックユーモアに満ち、そして間違いなく、われわれトレーダーの思考を激しく刺激する!

 あなたが手にとっている本書には、第一級のトレーダーたち――特殊な能力によって普通のトレーディング水準のはるか上をいく人々――の痛ましい話が収められている。巧みに築き上げられた輝かしいキャリア全体のなかで生じた並外れて悲惨な経験ばかりが描かれている。大損失だけを取り上げて、そのときトレーダーたちがどう対処したかを扱った本は、本書が初めてであろう。保有しているポジションが逆行して含み損がかさみ、「一体、どうしたらいいんだ」と、夜眠れぬ経験や神頼みをしたことのあるすべての人にとって必読書である!



■投資のプロが選ぶ「オススメの一冊」

山中 剛さん

中学生の頃から心理学、天文学、東西の各種占いと未来予測に関心を持つ。高校生の頃から株と相場の世界に憧れる。成蹊大学卒業後、仲間と共に設備関連会社、通信機器会社、教育関連会社の設立と創業を経験。その傍ら、株と投資の研究に傾倒するも、二十代後半に大きな損失を被る。それ以降は相場の生活プロ達と知己を得て独自の相場理論を構築。1990年以降はアマチュア〜マニアを対象に投資マニュアルの研究開発と活用指導を行う。月刊誌『頭で儲ける時代』誌の2000年6月号で紹介され、同誌の十一月号で株式、商品先物、外為の公開予想を行いほぼ完全的中させる。株式専門紙『株式にっぽん』にて『山中剛の実践チャートコーナー』の連載がスタートし、三年九ヶ月継続。その間に半年間の『公開予想』は的中率90%を越えて読者からの株式売買の指導希望が多数寄せられる。

2001年12月にあっぷる出版より『上がる株下がる株が30分でわかる山中式数理投資法』から『勝てない人のための逆転の株投資』(宝島)を含め最新刊『1日3分3法則で儲ける山中式日経225先物トレード』まで計八冊。特に著書を通じての公開予想としては2002年春に出版した『山中式周期投資法』で独自の日柄理論から2002年秋〜2003年に株式市場の大底打ちを予告的中。

まず、本の帯に『夜眠れぬ経験や神頼みをしたことのあるすべての人にとって必読書!』とあったので思わず手に取ってしまいました。一読して、プロを含めた全ての投資家ばかりでなく、これからトレードを始めるビギナーにも必読書と感じた数少ない本です。

よく言われるのは『勝ち戦よりも負け戦から学ぶことが多い』ということです。特に相場の世界での勝ち、大儲けは単なる偶然の所産であるケースが少なくありません。(つまり、大きなポジションで挑んだ結果がたまたま連勝となっただけ)これは、過去の大物相場師の多くが晩年には大きな損失を被って市場から去ってしまったことが全てを物語っています。

本書は目次を読むだけでもその価値がわかります。第24章の目次で『大トレーダーが成功した方法よりも失敗から学ぶことのほうがたくさんありました』と記されているとおりです。本書の経験談を読むとまるで自分自身の過去の失敗の日記を読むような気持ちになりました。


■日経ヴェリタス 2010年8月1日〜7日 第125号『損を取り巻く4つのトリビア』で紹介されました

(中略)
 投資家にとって「損を学ぶ教科書」というべき本がある。興味深い1冊は『マーケットの魔術師 大損失編』(パンローリング)だ。トレーダーのアート・コリンズ氏が自分も含め36人のトレーダーの失敗談と、そこからどう立ち直ったかを克明に描いている。
 例えば、ある空売り専門のトレーダーのエピソードはこうだ。義弟の結婚式を週末に控え、仕立て屋でタキシードを試着している30分の間に米連邦準備理事会(FRB)が緊急利下げを発表。株価が急上昇し、60万ドルの損失を出した。
(中略)
 著者のコリンズ氏は「大失敗の多くは、例を見ない大儲けの直後に起きている」と総括している。
(略)



目次

アート・コリンズ――私自身の大失敗談

第1章 ビル・ビーチ
   「仕切ったときには、四五ティックもやられていました」

第2章 スティーブ・L・ミラー
   「取引口座の残高が五六〇〇ドルにまで減った日のことは今でも忘れられません。その前は一〇〇万ドルを優に超えていたんですからね」

第3章 ウォルター・ブレサート
   「俺は奇跡が起こせるという気分になったものです」

第4章 トニー・サリバ
   「私はバットを手にとって、すんでのところで彼の頭蓋骨を血まみれにするところでした」



第5章 テレサ・ロー
   「私の願いはただひとつ――全部手仕舞ったとき、会社への借金だけは残らないようにということでした」

第6章 ラリー・ローゼンバーグ
   「強気のやり方でうまくやれると思い込み始めていました」

第7章 チャーリー・ライト
   「私は、何があってもシステムに従おうという決意を固めました」

第8章 マートン・フェルドシュタイン
   「まだまだ。どれだけ暑くなってもいいんだ」

第9章 ハワード・モールマン
   「基本的に世界中が一丸となって押し上げようとしている市場で、私は空売りを試みているんです」

第10章 アドリエンヌ・ラリス・トグレー
   「強迫観念をもっているなら、どんな人でも引き受けます」

第11章 パット・アーバー
   「CBOTにとっては、オープン・アウトクライ方式と心中するよりは、電子取引で生き延びることのほうが望ましいのです」

第12章 マーク・クック
   「杭に縛りつけられてショットガンの銃弾を浴びているような心持ちでした」



第13章 リンダ・ブラッドフォード・ラシュキ
   「言ってみれば、戦争の古傷を見せ合うのに似ています。市場の剣闘士となる資格を得たことをそうやって証明しているんです」



第14章 ロレンス・G・マクミラン
   「お金を印刷するのも同然でした」



第15章 ジャック・コッツ
   「フロアを歩くと例のざわめきが聞こえてきたんです」

第16章 ジョン・ベイカ
   「買い手をぎゅっとつかみ返してやった。唾があちこち飛びまくってひどいもんだったよ」

第17章 ティム・ヨーク
   「ゾンビー同然で、『一体全体どうなってんだ』とぼんやり考えるだけでした」

第18章 ドン・スライター
   「四日間稼いだあと、五日目にそれを全部なくしてしまうんです」

第19章 チャック・ウェイファー
   「彼は今すぐシカゴに戻って来いと言うんです」

第20章 ジョー・ディナポリ
   「墓場で一番の金持ちになるつもりはありませんでした」



第21章 デビッド・グレイ
   「打ちのめされたという気分ではありませんでした」

第22章 トム・ウィリス
   「ほとんど打率のようなアプローチをとるようになっていました」



第23章 ラリー・ペサベント
   「見通しが外れるのはよくあることですが、市場は絶対に間違えません」



第24章 デーモン・パブレートス
   「大トレーダーが成功した方法よりも失敗から学ぶことのほうがたくさんありました」

第25章 スコット・スラツキー
   「もたついていたら市場は先に行ってしまうんです」

第26章 ブルース・ウィリアムズ
   「エンジン全開のトップギア状態のままでいて、スピードを落とすのを忘れていたんです」

第27章 コニー・ブラウン
   「トレーダーになるのはテストパイロットより難しいですね。いつも自分の結果と向き合っていなければなりませんからね」

第28章 マイケル・K・ホフマン博士
   「五〇枚のトレードをするのがどんな気分なのか知りたかったんです」

第29章 ジョン・マクラッケン
   「トレーダーが犯す最大の過ちはポジションにしがみつこうとすることです」

第30章 スティーブ・ムーア
   「何かが間違っていると警告のベルを鳴らしているんです」

第31章 ボブ・マーチン
   「失ったのと同じ仕方でお金を取り戻したいと思ったんです。つまり今すぐに」

第32章 ビル・クレージー
   「じり高(クリーパー)を買って急騰(リーパー)を売る」

第33章 トム・マレー
   「何もせず手仕舞って次の機会を待つべきときに無理をしてしまうんです」

第34章 ルース・バロンズ・ルーズベルト
   「波乱のもとは平穏のなかに潜んでいます」

第35章 レイ・カーンマン
   「流動性のせいでトレード手法を変えざるを得なくなるのはまずいんです」

まとめ――繰り返される危険との出合い
訳者あとがき



著者/アート・コリンズ(Art Collins)

アート・コリンズは、壊滅的な市場の混乱をトップトレーダーがどう乗り越えたのかを描いた本書のほか、『
マーケットの魔術師 システムトレーダー編』『株価指数先物必勝システム(パンローリング)、『マーケット・ラップ――ジ・オーディシアス・オブ・ア・スティル・ストラグリング・コモディティ・トレーダー(マーケットの罪――今も苦闘するある商品トレーダーの遍歴)』などの著者である。また、CBOT(シカゴ商品取引所)の会員で、ほぼ20年にわたってメカニカルシステムの開発を手掛けている。コリンズはパートナーとともに、1997年にトレードを開始したメカニカルなS&Pシステムにより数百パーセントの収益を生み出した。ノースウェスタン大学卒業。コリンズは長年、風刺的ロックバンド、クリーニング・レイディーズのギタリスト兼作詞作曲者も務めている。同バンドはMTV、デメント博士のラジオショーに出演した。

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緒言――ルース・バロンズ・ルーズベルト

 どんなトレーダーも損失や、大幅なドローダウン、厄災日を経験している。損を出さないですむ唯一の方法はトレードをやめることである。そうなると利益も手に入らない。まさに虎穴に入らずんば虎児を得ずというわけである。

 アート・コリンズが話を聞きたいと電話をかけてきたとき、私の最初の反応は「なんだって損した話のために電話してくるの?」というものだった。

 それでも私は、程度はさまざまだが、長いトレード経験のなかで災難が不可避であることを認めざるを得なかった。問題は次のようなものだ。その時点で災難にどう対処するのか。その記憶とどのように付き合うのか。その経験から教訓を学ぶのか、それとも繰り返してしまうのか。その経験を通して自分を鍛え上げていけるのか、など。

 本書を読むことによって、また、ほかのトレーダーの話を聞くことによって、あなたは自分だけが災難を経験しているのではないことが分かる。もっと大事なのは、それを自分の糧として学び、同じような状況に直面したときに適切な行動がとれるようになるということである。

 トレーダーは自分の行為や態度とは無関係に厄災に襲われることがある。そうではなく、自分が原因で問題が起きることもある。トレーダーが窮地に立たされる原因を少しだけ挙げるなら、規模や頻度などのオーバートレーディング、集中力のゆるみ、間違えたくないというこだわり、うぬぼれ、証拠よりもシナリオの重視、市場と争うこと、恐怖で立ちすくむことなどがある。

 しかし、十分に準備し、自己規律を保ちながらトレードしたとしても、やはり損失は生じる。私が何度も繰り返し言ってきたことだが、もう一度繰り返させてほしい。損したからといって敗者になるわけではない。大損をしてもそれで敗者になるわけではない。損の確定を拒むこと、有効でないことを実行すること、そして、それを繰り返してしまうこと――それによってあなたは敗者になる。

 本書を読んで他人の過ちから学び、自分自身の失敗から自分を守るようにしていただきたい。



出版者から

 トレーディングゲームでは、他人の過ちから学ぶことは、ほかと比べものにならないほど安上がりで痛みの少ない学習法です。普通なら市場のリスクや変動に長い間さられることで獲得される教訓を他者の経験から学べるのです。本書は、トレーダーが他人の損失の時期から学ぶというメリットが得られるように、特に損失の時期や経験を取り上げたものですが、そうした点でこれまで利用できた貴重な本や情報源はそれほど多くありません。ほかの「インタビュー」形式による本の大半は成功体験やトレード法、登場人物の経歴などを取り上げたもので、本書に述べられているような状況と専門に取り組んではいません。実際、大部分の人がもっぱら自分の幸運や成功したトレードについて語り、失敗や損失の経験を「カーペットの下に」隠しがちなのは人間の自然な性癖と言えます。

 本書のもとになったアイデアを持ち出したのはアート・コリンズですが、その先見の明は特筆すべきことですし、「その実現に向けて」仕事に打ち込み刻苦精励してきたことは称賛に値します。彼は自分自身「現場にいた」者の視点で語っています。彼の最初の本である『マーケット・ラップ――ジ・オーディシアス・オブ・ア・スティル・ストラグリング・コモディティ・トレーダー(マーケットの罪――今も苦闘する商品トレーダーの遍歴)』(トレーダーズ・プレス社)は、それ自体、トレーダーとしての成功への道に絡む問題に関して貴重な貢献と洞察を提供するもので、同書も強く推奨したいと思います。

 この素晴らしい本の出版に関与できたことは光栄で名誉あることです。われわれトレーダーズ・プレスの関係者一同は、本書の登場者が、彼らの以前の経験と学習から皆が学べるように、寛大に時間を割いてくださったことに対して感謝の意を表したいと思います。登場者の多くは、何年にもわたる私の個人的な友人や知人であり、その名前が本書に含まれていることに私は特に喜びを感じています。本書がトレーダーであるあなたのお役に立ち、本書によってトレーディングの成功に至るあなたの旅が一層容易かつ痛みの少ない経験となることを願っています。

          2001年12月1日     エドワード・D・ドブソン・トレーダーズ・プレス社会長(サウスカロライナ州グリーンビル市)



序文

 人の批判をするくせに自分の批判は許さない、などとは言わせない。
 私自身が損した話を集めれば一冊の本ができる。実際のところ、すでにそれは本――『マーケット・ラップ――ジ・オーディシアス・オブ・ア・スティル・ストラグリング・コモディティ・トレーダー(マーケットの罪――今も苦闘する商品トレーダーの遍歴)』――となっている。私はその本で自分のすべてをさらけ出しており、知人の何人かは、針穴を通して日食を見るときのような具合に目を細めて私を見つめるようになったほどだ。  それを書き終えたあと、私はさらに何回かの厄災に出くわしたが、そのなかには多くの不幸な出来事が偶然重なって起きた信じられないような災難(次節で述べる)も含まれている。しかし確かにそれは真実だったし、本書で語られる多くの「崖っぷち」の話も同様に真実である。長いことトレードにかかわっていれば、だれだって現実離れした体験をするものである。

 あなたが手にとっているこの本には、第一級のトレーダー――ユニークな能力によって普通のトレーディング水準をはるか上をいく人々――の話が収められている。この本はめったにない出来事の年代記であり、巧みに築き上げられた輝かしいキャリア全体のなかで生じた並外れて悲惨な経験が描かれている。

 いずれも重要な話である。損失がトレーダーならだれでも経験する不可避なものだとすれば、トップクラスの人たちがそれにどう対処したかを知ることは大いに役に立つ。なぜ彼らが逆境に立たされたのか。ウィザードたちはどんな弱点につまづいたのか。陥った状況をどう解決したか。どんな感情的反応を見せたのか。どんな影響があとまで残ったのか。トレーダーたちは何を学び、トレーディングスタイルはどんなふうに変化したのか。どんな点が私たち普通のトレーダーと同じだったか(違っていたか)。

 トレーダーは類例のない生き物である。彼らはこんなふうに言う。「私が挑戦する相手は市場だけだ。人の助けはいらない、独りだけで十分。世の中の序列なんか関係ない。訓練マニュアルやセミナーはいらない。定期的な給料なんか眼中にない」。こう言い切れるためには健全な自負心が必要である。

 インタビュー相手のひとりであるマーク・クックの言葉を借りるなら、トレーダーは「威厳」のオーラを放っている。彼らは普通「卑下」することがない。そうした厳格さ、意思決定能力、計算済みのリクステーキング、大胆さ――そして自負心に溢れた人物からトレーディングの弱点を聞き出すのは容易なことではない。

 したがって当然、このプロジェクトの遂行中、私は抵抗にぶつかった。それはやりがいがあり、わくわくするような体験だったが、苦労も多かった。単純にノーという人もいた。イエスと言ったあとで態度を変える人もいた。インタビューを受けると言った場所に現れなかったトレーダーのおかげで、私は人生の二〜三週間分ほどを無駄にした。テープレコーダーが回り始めた瞬間に怖じ気づく人もいた。明らかに率直とはほど遠い話し方で、私の時間とおそらく自分の時間も無駄にする人もいた。

 本書のテーマは実のところ出版者のエドワード・ドブソンの発案である。彼が私を選んだ理由は、たぶん私が世間知らずで難しい仕事にも尻込みしないと考えたからだろう。だが私は愚痴をこぼしているのではない。この仕事は私の人生のなかでもまさに異彩を放つ体験だった。

 私が足を踏み入れなかった分野はないと言ってよい。シカゴのピットはきわめて多様なストーリーをもたしてくれた。国中に散らばるほかの人たちは電話でインタビューに応じてくれた。よく知られた有名人もいるし、金持ちだがあまり目立たず注意深くプライバシーを守っている人もいる。

 私のトレード仲間も私の詮索から逃れられなかった。中には想像もできないような話で驚かせてくれた者もいた。ほかの連中はといえば……電話番号を変えた者がいたが、それは単なる偶然と思いたい(冗談だが)。私を「パパラッチ」と評した友だちがいたが、今はもう、そうではない(少なくとも当面は)。

 時に苦労があったとはいえ、全体としてみれば、本書の仕事は驚くほど順調に進んだ。予想以上に快諾が得られ、率直な話が聞けた。類例がないと思われる素晴らしい話を聞かせてもらうと、そのあとすぐ、同じように素敵な話が三つ続くということもあった。  本書の三五人の登場人物は親切で協力的だった。彼らがきっかけでほかのトレーダーに導かれることもあった。彼らには感謝しているし、加えて数人のほかのトレード仲間にも大いに世話になった。

 映画「あの頃ペニー・レインと」に登場するワッタの追っかけをする若いロック・レポーターと同じように、私がインタビュー相手に対してあまりに共感しがちで弁護の姿勢が強いと指摘する人がいるかもしれない。私自身は客観的な立場を貫いたと思っているが、トレーダーが大好きだという気持ちを隠すつもりはない。トレーダーは、ほかのだれよりも、かつてこの国にもっと広がっていた起業家的で創造的な開拓者精神を具現している。

 市場は究極の性能試験場としての役目を果たし続けている。それはほかのどんな所とも違う自己評価と自己発見の場所である。多くの点で、トレーディングは人生のアレゴリーといってよい。つまり、実世界で経験される多くのことが、あの不思議な八角形のピットやコンピューター化されたトレード画面に凝縮されているのだ。

 私は自分に向いてない仕事を何年も続けたが、その間、できるだけ時間をひねり出して最終的にトレーダーになるための努力を重ねた。振り返ってみると、当時私は、銀行員や融資担当者といったトレーダーの反対イメージのような人々と取引しなければならなかった(私は自動車販売会社の財務マネジャーだった)。そうした人々は、自分にとって考え得るすべてのセーフティネットが張られるまではお金を動かそうとしなかった。人間的には、開けっぴろげで楽観的なトレーダーとは対照的に、概して面白みがなくうち解けなかった。

 もちろん例外もあったが(楽しい飲み友だちなど)、たいていの場合、わたしは融資担当者と付き合わなかった。お決まりの安全第一主義とは肌が合わなかったのだ。五%の利益を確定するのは賢明なやり方と言えるかもしれない。しかし、二〇〇%を目指すことで生気に満たされる。あるいは、早死にのきっかけになるかもしれない。それがトレーディング世界の厄介なところだ。明日がどうなるかは、なってみないと分からないのだ。  別の言い方をすれば、それが冒険というものだ。



私自身の大失敗談

 ルーブ・ゴールドバーグの漫画を覚えていらっしゃるだろうか。その漫画では、バスタブや鳥かごや風車などの間で入り組んだ奇妙な連鎖反応が生じる。その結果、ローソクの火を吹き消すといったきわめて単純な目的が達成される。あるいは、ネズミがチーズを盗み取ることから始まって、棚から何かがシーソーの端に落ちると、反対の端から何かが飛んでいって別の物にぶつかる。そして結局、最後はロケットが発射されるといった具合につながっていく。  私の一番最近の失敗はまさにそんな調子で起きた。それはシェークスピアばりの、あるいはむしろ映画「じゃじゃ馬億万長者」並みの失敗連続のコメディーだった。五つか六つほどのしくじりのうち、もしひとつでも避けられたら、パートナーのニック・ブレスナー(仮名)と私は、思いがけなく一万五〇〇〇ドルも損するといった目に遭わなくてすんだはずだった。

 私が見聞きしたほとんどのトレード失敗談では、順調に利益を重ねていった揚げ句に失敗が起きているのだが、私たちの場合は違った。むしろその逆で、一万五〇〇〇ドルという同じ額の別のミスを犯した直後に生じたものだった。  私たちはシステムトレーダーである。判断が必要なことは一切しない。すべては過去のデータを分析して得られた結果に基づいている。ほかのシステムトレーダーと同じで、私たちの目的は、人間が持つ恐怖と貪欲という双子の弱点を取り除くことにある。私たちはあらゆる点について規則を定めている。どんな理由から何を手がけるのか、いつ利益を確定するのか、ストップロスをどこに置くのかなどはあらかじめ決められている。「君はどう思う? どう対処したらいい?」といった質問を互いに交わす必要はまったくないのだ。

 しかし、それは予想外の事態が生じるまでのことである。方針をどんなに厳密に決めていても、電話で「売り」と言うつもりが「買い」と言ってしまうとか、間違ったキーを叩いてしまうということはどうしても避けられない。  システムトレーダーに特有の問題は、自分が実行するように決められていることや、指をくわえて利益を見逃したことなどについてしょっちゅう苦しめられるということである。理論的に正しく動くシステムを構築するのは簡単なことだ。行くべき道はいつも目の前にはっきり示されている。だが、あるシステムトレーダーにいわせれば、実際に金銭的損失を被る以上に苦しいのは、勝てると分かっているトレードに手を出せないことである。

 入り組んだ災いの道に入り込む前のことだが、ニック・ブレスナーと私はまだ逃した魚を悔しがっていた。一週間ほど前に一万五〇〇〇ドル以上稼げるはずの機会を見逃してしまったのだ。トレード管理の担当者である私としては、もうこれ以上のへまは許されないと自覚していた。相棒との仲はうまくいっているが、それにしても限界点というものはあるのだ。

 二〇〇〇年一一月に私たちはオンライン注文に切り替える決心をした。それまで使ってきたシステムは純粋な電子式グローベックス(シカゴの取引所が提供する先物の時間外取引)ではなかった。ビッドやオファーに直接アクセスすることはできず、注文はトレーディング・ピットに回された。言ってみれば、従来のアウトクライ方式と新しいオンライン方式のいわば中間システムで、注文のキーを叩いたときから約定通知を受け取るまでの間には時間差があった。

 私たちはそのころになってシステムでいくつかの機能が使えないのが気になりだしていた。たとえば、S&Pのeミニを引け成り注文で出すことができなかった。  私はフルサイズのS&P先物を二枚大引けで買うことになっていた。それまではショートで一枚保有していたのだが、逆モメンタムの大引け限定のシステムは、ちょうど逆のポジションへ切り替えるべき時期だと告げていたのだ。eミニの引け成りの制限がフルサイズにも適用されるものかどうか、私はよく知らなかった。そして注文受付の終了までほんの何秒しか残されていなかったので、成り行き注文を使うことにして、できるだけ引け成りの時間枠に近いところで注文するタイミングを見計らった。

 私は約定通知を待った。取引時間が終了したが、それからさらにしばらく待ち続けた。引けから五分たったころ、私は不安な気持ちで電話受付の担当者メレディスに電話した。「ピットに電話してみるわ」と彼女は言った。

 ニックにも電話した。先週の一万五〇〇〇ドルのへまのあとだけに、また驚かせるような真似はしたくなかった。あらゆる事態への用意をしてほしかった。ニックへの電話の途中でメレディスの電話が入ってきて、注文が遅すぎて受け付けてもらえなかったと告げた。ニックにその話をした。私たちは相談して、二五分後に始まるグローベックスの取引に注文を回しても問題はないだろうと決めた。  こうした状況を背景として次のような事件が起きた。 一.約定しなかった注文は依然として「有効注文」の画面に残っており、時間外取引の寄り付きで二枚の成り行き買い注文が執行される状態になっていた。

二.その注文で私は「電子取引」のボタンを選んでいた。もうひとつのボタンは「通常時間取引」だった。

三.私は知らなかったのだが、電子取引はまったく使えない状態にあった。市場によっては一日の一定時間内はオンライン注文を受け付けないことがあるということを私はあとになって知った。従来の電話注文を使う必要があったのだ。私は五分から一〇分以上待ったのだが、注文結果の反応は返ってこなかった。

四.サービスが利用できないことを露知らない私は、なんらかの理由でコンピューターが「通常時間取引」を選ぶよう求めていると考えた。私は注文の取消・変更を行った。二重約定の危険はないと判断してのことだったが、それは間違ってなかった。電子取引の不具合が解消されて新しい注文が受け付けられないか、古い注文が新しい注文に変更されるかのどちらかになるはずだった。どちらにしても約定する注文はひとつだった。

五.あいにく、私はもうひとつの過ちをしでかした。その日はずっとパートナーシップのトレードだけでなく、個人勘定でも取引を行っていた。その注文を出す少し前に、私はeミニのポジションをチェックするため個人用の画面に切り替えていた。そして元に戻すのを忘れていた。こうしてパートナーシップの注文が個人勘定のほうに出されることになってしまった。

六.そんなゴタゴタの一方で相場が突然動き出した。S&Pは、私が本来買っているはずだった通常取引の終値より二ポイントも高くなっていた。何てことだろう……もう失敗は許されないのに。そんな状態のなかで……。

七.その日二度目になるのだが、私は一向に戻ってこない注文結果を待っていた。次第にパニックの気持ちが膨らむなかでメレディスに電話をかけた。とんでもない好機を逃しつつあるこの時点で、途中でニックからの電話が割り込んできた。外では我が家の裏庭を通り抜けようとするどこかのバカ者に向かって犬たちが吠え続けていた。注文は出来ないし、相場は急騰するしで、てんやわんやの状態だった。

八.仕事を分担してもらおうという非常にまずい判断から、私は、新しい買付注文をメレディスに出す間に元の注文を取り消しておいてほしいとニックに頼んだ(パスワードを知っていればだれでも画面にアクセスできた)。私としてはもちろん二回目に出したオンラインの時間外取引注文のつもりだった。取引時間中に出した最初の注文は頭から完全に消えていた。結局出来なかった注文であり、問題になることはないはずだと思っていた。

九.だがニックは私の言った注文を見つけることができなかった。個人勘定のほうにあったからだ。アクセス可能なのは通常取引時間中に出した不出来の注文だけで、ニックはそれを取り消した。「取り消したかい」「取り消した」――二人ともこれで任務完了と思っていた。

 ところが、

一〇.相場は反落していた。メレディスは注文どおりの価格で出来たことを知らせてきた。その間、「通常時間取引」と指定した有効な注文が私の個人取引として時限爆弾のように時を刻んでいた。翌金曜日の午前八時三〇分には人知れず爆発するはずだった――その時間に通常のオープン・アウトクライの立ち合いが開始されるのだった。

一一.私はその日とその週の個人用のトレーディング成績に満足していた。したがって翌日は個人勘定の取引はしないことに決めた。過去を見るかぎり、金曜日はほかの日よりもコントロールが効かなくなる傾向が強かった(少なくとも私に関するかぎりそう言えた)が、それはひょっとするとトレーダーにマゾヒズムの心理があるせいかもしれなかった。金曜にへまをして、終末はずっと自分にむちを打ち続けるというわけだ。

 最新の著作『マーケット・ラップ(マーケットの罪)』に詳しく述べたように、いずれにしても私にとってシステムトレーディングだけが有効なトレード法だった。個人勘定取引のほうは、せいぜい単に息抜きの道楽にすぎなかった。一九九七年以降パートナーシップが私のトレーディング活動の九八%、利益の一〇〇%を占めていた。  金曜は個人活動はお休み――それを絶対命令と決めた私はプルーデントマン(堅実な取引者)だった。

一二.金曜の朝、個人資産とトレーディング活動の勘定は両方とも予定どおりのポジションになっていると思われた。時限爆弾はまだ存在が明るみに出ていなかった。もっと先のどこかの時点で爆発するはずだった。

 その日は一日パートナーシップの「有効注文」と「約定注文」の画面だけを見ていた。個人用の画面を開くことはなかった。取引報告書に特に変わったことはなく、売買取引の記載はなかった。

一三.土曜日の朝になって、自分がS&P先物二枚のロングになっていることに気づいた。取引報告書には寄り付きで買ったことになっていたが、それがその日の高値だった。現時点では一万二〇〇〇ドルの損失だった。

 私はまだ事態がのみ込めなかった。取引が金曜の寄り付きに約定したらしいことは分かった。しかし、その日は自分に何度も言い聞かせながらずっと手出しを控えていた。個人勘定を使ったのは木曜が最後のはずだったが、注文価格はその日の安値よりも低かった。そのうえ、すべての取引は説明がつくものだった。

一四.私はどうしてそんなことになったのか理解できなかったが、不安は大きくなっていた。その時点で学んでいたことだが、電子的報告はめったに間違うことがない。注文の結果が意図と違っていても責任は免れない。実際にどんなキーを叩いたかということだけが問題なのだ。インターネットのトレーディングではクリックする場所は限られており、あとから確認できる。

一五.そんなわけで、週末の間ずっと私は可哀想な妻のパットをつらい目に遭わせることになった。私は独りでじっと苦しみに耐えるタイプではないのだ。ニックに対しても慰めを求めて電話した。「なんでこんなことになったんだろう?」「分からないよ、アーティー。そんなことってあり得るかい?」「分からない。たぶん、なんかの間違いなんだろう」。思うに、おそらくこの時点でニックは自分もこの厄介事の負担を引き受けようと考えていたようだ。

一六.月曜の朝、まだ暗いときに目覚めた私は二時間考えるうちに、当日のこれこれの時点で注文が私の端末から出されたことに確信をもった。私はDNAが部屋中にぶちまかれたように打ちのめされた。

一七.一時間後、出来事の全体が理解できた。つまり、最初の注文が出されたが約定しなかった。ニックがそれを私の二度目の有効注文と勘違いして最終的に取り消した。しかし、二度目の注文は誤って個人勘定のほうに入っていたので、ニックにそれに手を付けられなかった。またそれは「通常時間取引」注文と指定されていたので、翌日の寄り付きまで約定しなかった。取引は報告書に記載される時間より遅く成立したために、まただれもその存在に気づかなかったために翌々日まで発見されず、その時点ではすでに一万二〇〇〇ドルの損失になっていた。

 月曜の寄り付きで損はさらに三〇〇〇ドル増えた。
 清算会社の担当者はただちに私たちの注文を成立させた。一万五〇〇〇ドルを失う失敗が一週間のうちに二回重なったわけだ。  ニックは見上げた男だった。頼みもしないうちから、その先物をパートナーシップのほうへ移すよう即座に申し出てくれた。

 しかしモラルの問題はそれからずっと私の心にのしかかっている。たしかにその行為はシステムに関係するものだった。間違いなく私はシステムに関係する指図にしか従っていなかった。だがそれでも、「一瞬を争う」事態のなかで自分の個人勘定を絡ませてしまったことは正当化できなかった。私はニックの力が及ばないような仕方で彼のお金を扱ってしまったのだ。ニックには済まないことをした。

 またもうひとつのことが心を悩ませている。私は正反対の事態を想像してみた。個人勘定の二枚の先物が思わぬ利益になったとしたらどうだろう? 意図の善し悪しの問題を別にして、自分の正直な気持ちに従ったとしたらどうなっていただろう。ニックを含めてだれもその謎を解けそうもない状態だったら、私はいつまでその秘密を抱えていられただろうか。「あなたはいつでもパートナーを守ろうと努力してきたわ」と言ってくれたパットの保証を別にしても、二つのシナリオはあまりに違いすぎて頭が混乱してしまうほどだ。

 システムトレーディングでは責任が非常にはっきりしているので、私たちが学んだ教訓は「全体の管理強化」とか「全体の二重チェック」といった域をたいして超えるものではなかった。トレーディング勘定を混同したことは重なったミスのなかでも最悪のものといえるだろうが、二度とその過ちは繰り返さないと私は請け合える。もし注文番号を伝えていれば、どの取引を指しているかについて間違いは避けられただろう。ニックが一一二番の注文を見つけられなかったら、間違いなく私はそれが個人勘定中にあることを突き止めて、災難を回避できたと思う。

 また自分がプレーする環境を知っておくことも役に立つ。事態のコントロールが効かなくなる前にメレディスのような担当者と相談すべきである。自分が執行できる注文の種類とか、オンラインの手順とか、その他トレーディング環境に関することはすべて正確に知っておかなければならない。市場が始まる前の計画を練る段階で、静かな独りの時間中にそうした知識を仕込んでおく必要がある。

 どれをとっても単純なことである。時がたつにつれて、たぶん苦しい経験から次第にたくさんの教訓を学ぶことで次第に安全対策が強化されてことは間違いないだろう。しかし市場では常に新たなハードルが現れる。市場は威圧的で、恐ろしく、ときには気を狂わせるような存在であることをやめたりはしない。ほとんどの市場参加者にとって、自分に特有の危険を完全に取り除くことは不可能である。スーパートレーダーもその例外ではない。



訳者あとがき

 トレードの経験者なら、だれもがゾッとするような損失を経験しているに違いない。たとえ一銘柄でも、持ち株があっという間に五%、一〇%と値下がりしたら、たいていは血の気が失せ、居ても立ってもいられなくなる。まして全財産がかかっているとしたら……。

 本書は、三五人の当代一流のトレーダーが体験した最も悲惨な損失の物語である。プロのトレーダーだけに、その金額は半端ではない。一瞬のうちに数十万ドルが消えてなくなる。しかも、たいていそれは自分の財産で、豪邸や農場や高級車を失うだけでなく、借金まで背負い込むことになる。それだけに、その恐ろしい体験を形容する言葉もすさまじい。いわく、「ゾンビー状態になる」、いわく、「大ハンマーで腹を殴られたみたい」、いわく、「ショットガンの銃弾を浴びているみたい」などなど。

 しかし、三五人の全員が最悪の体験を乗り越え、さらにはそれを糧として大きな飛躍を遂げる。だからこそ一流の名を冠せられているわけだが、トレードに携わるものにとって本書の価値はここにある。三五の体験談を読むうちに、災難を引き起こす原因を知り(儲けたあとの油断、オーバートレード、ナンピン、そして心身の不調と家庭内の不和)、マヒ状態をどのように打開するのかを学べるのだ。

 三五人のトレーダーは、CBOT(シカゴ商品取引所)、CME(マーカンタイル取引所)――つい二〜三日前、両取引所が合併するとの報道があったばかり――を中心としたシカゴの市場で活躍しているという共通点を持つほかは、性別、年齢、専門とする投資商品、トレード手法など実にさまざまである。たとえば、トレード手法としては、スキャルピング(多数の少額利益を狙う)から中長期的トレードまで、また空売りあり、オプションあり、アービトラージありと、あらゆる方法、技法が登場する。本書にはそうした米国のプロのトレーダーの実態が生き生きと描かれている。

 ところで、トレードにあまり親しみのない人にとっても興味深いのは、そうした専門のよろいの向こうに生身の人間像が浮かび上がってくることだろう。プロのトレーダーがほかの職業と違うのは、通常、最初から最後までまったく自分だけの世界で動くという点である。だれの指図も受けず、マーケットという巨大な相手に自分の力だけで挑む。登場人物の一人、ルース・バロンズ・ルーズベルトは勤めを辞めてプロのトレーダーになったとき、「これからは正しく行動することだけが重要となる」と感じたという。「正しく行動」しようとした結果がどうなろうと、すべて自分一人が責任を負う。本書には「自己規律」という言葉がたびたび出てくるが、逃げ出したくなるような恐怖、突っ走ろうとする欲望を自分でどう律するかが成功と失敗を分けることになる。本書はそうした自分との闘いをテーマとした三五の物語でもある。

 と、大上段に振りかぶらなくても、三五人の個性豊かな人間が、どうして人生の大きな災難に見舞われたか、そしてそれにどう対処したかを見るだけでも興味深い。トップトレーダーたちから失敗談を聞き出し、それを客観的で、ときにユーモアを交えた簡潔なスタイルでまとめ上げたアート・コリンズの腕は見事である。トレードという優れて個人的な営みの悪戦苦闘のエピソードをどうか楽しんでいただきたい。

 

二〇〇六年一〇月                     鈴木敏昭



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